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三河松平氏二代泰親(やすちか)、三代信光(のぶみつ)

親氏(ちかうじ)の跡を継ぎ三河松平氏二代目当主になった人物が泰親(やすちか)です。

泰親は親氏の弟(子とする説もあり)で岩津を治めていました。親氏の子供たちがまだ幼かったので一時的に家督を継いだと考えられています。

3年半ほど当主をつとめ、親氏の長男信広(のぶひろ)に松平宗家の家督を譲り、自身の領地である岩津を親氏の二男信光(のぶみつ)に譲っています。

松平郷を継承した信広は庶子(しょし)であったとされ、岩津の信光に権力が移っていったと考えられます。

信広の系統は代々松平郷を治め、松平郷松平家(まつだいらごうまつだいらけ)、挙母松平家(ころもまつだいらけ)と呼ばれますが、十八松平の中にその名をみることはできません。

他の松平家が家康に臣従して領土を拡張していったのに対し、松平郷松平家は土着の豪族として松平郷からでることはありませんでした。

江戸時代には交代寄合(こうたいよりあい)となり、領地は少ないものの大名と同等の待遇を受けました。

一方、岩津を拠点に活動していた信光は安城に進出すると、三男の親忠(ちかただ)に安城の地を与えます。

この親忠が安城松平氏の祖であり、安城松平家から家康が誕生することになります。

信光は85歳で亡くなるまでにたくさんの子をもうけ(徳川実記では48人)、西三河の各地に子を配し松平氏の勢力拡大に貢献しました。

信光の系統からは竹谷、形原、岡崎(大草)、能見、長沢、五井、深溝家が派生しています。

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