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虎松(直政)を匿った鳳来寺(ほうらいじ)

おんな城主直虎がもっと楽しくなる!小ネタ・豆知識

虎松(直政)を匿った奥三河鳳来寺(ほうらいじ)
*虎松が身を寄せた奥三河の鳳来寺(ほうらいじ)

井伊谷のおける徳政令騒動を機に井伊直虎の地頭職を剥奪した今川氏真は今川家に忠実な小野政次に井伊谷の統治を任せます。

井伊谷城を追われた直虎は、母の祐椿尼(ゆうちんに)が暮らしていた龍潭寺の松岳院(しょうがくいん)に身を寄せます。

このとき直虎は龍潭寺の南渓和尚に依頼して虎松を井伊谷から逃がしたとされています。

小野政次の父政直が亀之丞(井伊直親)の命を狙ったように、政次も虎松に危害を加えるでは?と危惧した直虎が先手を打ったのでしょうか?虎松は奥山六左衛門(おくやまろくざえもん)に守られながら井伊谷を脱出します。

井伊谷から落ち延びた虎松と奥山六左衛門が身を寄せた場所が奥三河(愛知県新城市)の鳳来寺(ほうらいじ)だとされています。

鳳来寺は真言宗の寺院で、奈良時代に開山された古刹です。 徳川家康の父広忠と母於大の方が鳳来寺を訪れ子が授かるよう祈願したところ、家康が産まれたとの言い伝えがあり、江戸時代には家康を尊敬する3代将軍家光によって1651年に鳳来寺東照宮が創建されました。

その後、数度の火災に見舞われ1914年には本堂を焼失しますが、1974年に再建され現在に至っています。

虎松がなぜ鳳来寺に匿われたのかについてはよくわかっていないのですが、鳳来寺のある奥三河は山家三方衆(菅沼氏、奥平氏)の支配地域であり、井伊谷三人衆の菅沼忠久や鈴木重時らの縁を頼って落ち延びたのかもしれません。

虎松は8歳から14歳までこの寺で過ごしたとされていますが、貴種流離譚(きしゅりゅうりたん)の一種では?と考える懐疑的な意見もあります。

貴種流離譚とは貴い血筋の者が苦難を乗り越え成功を収めるという伝説や説話にみられるパターンのひとつです。

鳳来寺には平治の乱で敗れた源氏の源頼朝が匿われたとする伝説もあるそうなので、この伝説に虎松を重ねたのかもしれません。

家康に仕えるまでの間虎松がどこに居たのか?新たな史料が発見されるのを待つしかありません。

≪ 井伊谷三人衆(いいのやさんにんしゅう) | | 徳川家康の井伊谷侵攻と小野政次の処刑 ≫

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