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2026.07.16

三内丸山遺跡センター「北の縄文とアジア―海をこえたつながり―」世界遺産登録5周年の特別展

縄文文化は、日本列島の中だけで育まれたのでしょうか。三内丸山遺跡センターの特別展「北の縄文とアジア―海をこえたつながり―」は、アジアの視点から北の縄文の暮らしやまつりを紹介し、日本列島と大陸の交流の実像を探る展覧会です。縄文研究の始まりから世界遺産登録までの歩み、大陸の先史文化との比較、中国内蒙古で実施された調査の成果などが紹介されます。

目次
  • アジアの視点から北の縄文をたどる
  • 縄文研究から大陸との交流までを紹介
  • 押出遺跡の彩漆土器を期間限定で公開
  • 開催情報
  • 関連イベント
  • 三内丸山遺跡を知る3つの視点
  • 三内丸山遺跡は縄文時代前期から中期の大規模集落
  • 三内丸山遺跡から何が見つかったのか
  • なぜ世界遺産に登録されたのか

北の森と海を抽象的に描き、縄文文化とアジアのつながりを表現したイメージ画像 作成:junk-word.com (爆点日本史編集部)
北の森と海を抽象的に描き縄文文化とアジアのつながりを表現したAIイラスト 作成:junk-word.com (爆点日本史編集部)

アジアの視点から北の縄文をたどる

縄文研究から大陸との交流までを紹介

2026年7月、「北海道・北東北の縄文遺跡群」は世界遺産登録から5周年を迎えます。三内丸山遺跡センターでは、これを記念して特別展「北の縄文とアジア―海をこえたつながり―」が開催されます。

公式ページによると、本展ではアジアの視点から北の縄文の暮らしやまつりを紹介し、日本列島と大陸の交流の実像を探ります。

展示は4部構成です。縄文研究の始まりから世界遺産登録までの歩みをたどった後、大陸の先史文化と比較しながら北の縄文世界の特徴を紹介します。さらに、大陸との関わりが指摘されてきた出土品や、中国内蒙古で行われた調査の成果も取り上げられる予定です。

押出遺跡の彩漆土器を期間限定で公開

山形県高畠町の押出遺跡(おんだしいせき)から出土した重要文化財の彩漆土器(さいしつどき)も公開されます。文化庁と山形県の協力による展示で、資料保存のため、3点を会期中に入れ替える予定です。

第1期は2026年7月17日から8月11日、第2期は8月12日から9月11日、第3期は9月12日から10月12日です。資料の状態によって、公開期間が短縮されたり、公開が取りやめられたりする場合があります。

彩漆土器を目当てに訪れる場合は、来館前に公式資料の公開日程と最新情報をご確認ください。

開催情報

展示名 北の縄文とアジア―海をこえたつながり―
主催 三内丸山遺跡センター
会期 2026年7月17日(金)~10月12日(月・祝)
開館時間 7月17日~9月30日:9時~18時
10月1日~10月12日:9時~17時
入館は閉館の30分前まで
観覧料 一般1,200円、大学生等600円、高校生以下無料
20名以上の団体は一般960円、大学生等480円
特別展観覧料で遺跡を含む常設展も観覧できます
休館日 8月24日(月)、9月28日(月)

関連イベント

イベント名 国際シンポジウム「縄文遺跡群とアジアの先史文化―くらし・祈り・交流―」
日時 2026年7月26日(日)13時~17時
講師 岡田康博氏、福田正宏氏、佐川正敏氏、水ノ江和同氏、金恩瑩氏
場所 三内丸山遺跡センター 縄文シアター
定員 130名
備考 参加無料。定員に達したため、申込受付は終了しました

イベント名 さんまる縄文学講座:第3回「北東アジアからみた縄文遺跡群」 第4回「縄文と世界遺産
日時 北東アジアからみた縄文遺跡群:2026年8月22日(土)10時~11時30分
縄文と世界遺産:2026年9月12日(土)10時~11時30分
講師 三内丸山遺跡センター職員
根岸洋氏(東京大学)
場所 三内丸山遺跡センター 体験工房3
定員 各40名
備考 中学生以上。事前申込制・先着順。参加無料。展示の観覧には別途料金が必要です。

※ギャラリートークと特別展関連ワークショップも開催予定です。日程や参加方法などの詳細は、特別展の公式ページをご確認ください。

三内丸山遺跡を知る3つの視点

三内丸山遺跡の年代や発掘の経緯、世界遺産に登録された理由を知ると、今回の展示をより深く楽しめます。

三内丸山遺跡は縄文時代前期から中期の大規模集落

三内丸山遺跡は、縄文時代前期から中期にあたる約5,900年前から約4,200年前まで営まれた大規模な集落跡です。

発掘調査では、竪穴建物跡や掘立柱建物跡のほか、墓、貯蔵穴、道路跡などが確認されました。さまざまな施設がまとまって見つかったことで、当時の集落の構成や人々の暮らしを考える手がかりが得られています。

三内丸山遺跡は、縄文時代に発展した定住生活と大規模集落の姿を伝える遺跡です。

三内丸山遺跡から何が見つかったのか

三内丸山遺跡では、1992年から始まった発掘調査によって、大規模な集落の姿が明らかになりました。竪穴建物跡や掘立柱建物跡、大人と子どもの墓、盛土、貯蔵穴、道路跡などが確認されています。

中でも広く知られるのが、大型掘立柱建物跡です。柱穴は直径約2メートル、深さ約2メートルあり、内部には直径約1メートルのクリの木柱が残っていました。6本の柱を使った大型の高床建物だったと考えられています。

建物跡だけでなく、土器や石器、木製品、骨角製品、漆器も出土しました。水分の多い谷では、動物や魚の骨、植物の種子や木の実なども残っていたため、食生活や周辺環境を考える手がかりとなりました。

三内丸山遺跡では、大型建物だけでなく、住居、墓、道路、貯蔵穴、盛土なども確認されました。多様な施設が計画的に配置されていたことも、この遺跡の特徴です。

2023年に三内丸山遺跡を訪問した際に撮影と使用許可をいただきました。「葵ちゃんと学ぶ爆点日本史 縄文時代」のWeb版では復元大型掘立柱建物などを紹介しています。上下逆さで展示されているクリの木柱は動画版に収録してありますので、ぜひご覧ください。

なぜ世界遺産に登録されたのか

三内丸山遺跡は、1か所だけで世界遺産になったのではありません。北海道、青森県、秋田県、岩手県にある17の遺跡で構成される「北海道・北東北の縄文遺跡群」の一つとして、2021年7月に世界文化遺産へ登録されました。

ユネスコは、農耕が本格化する前の社会で、人々が狩猟、漁労、採集を基盤に定住生活を発展させたことを評価しました。漆塗り土器や土偶、盛土、環状列石などに表れた精神文化と儀礼も、遺産の価値を構成しています。

17遺跡は、山地、丘陵、平野、内湾、湖、川の周辺など、異なる環境に位置しています。人々はそれぞれの土地で得られる魚介類、木の実、動物などを利用し、環境の変化に適応しながら暮らしていました。

三内丸山遺跡では、建物や墓、道路、盛土などが計画的に配置された大規模な拠点集落の姿が確認されました。「北海道・北東北の縄文遺跡群」は、17遺跡全体によって、定住の始まりから発展、成熟、環境変化への適応までを示す貴重な文化遺産です。

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