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2026.05.18

盛岡市遺跡の学び館テーマ展「装身-縄文時代の魔除けから現代の自己表現へ-」で知る装身具に込められた祈りと表現

私たちが日常的に身に着けている指輪やネックレス。日本列島の装身文化を辿ると、縄文時代の人々が抱いた祈りや願いにもつながっていきます。盛岡市内の遺跡からは、当時の精神世界を物語る多彩な装飾品が発見されてきました。今回の展示では、災いから身を守る魔除けとしての祈りから、現代の自己表現へと至る装いの変遷が、貴重な出土資料とともに紹介される予定です。時代とともに形を変えてきた装身文化の奥深さを、改めて実感する内容となっています。

目次
  • 遺跡の出土品が物語る装いの役割と歴史
  • 出土資料が語る素材と意識の変化
  • 開催情報
  • 縄文の精神世界を探る装身の風習
  • 厄災を払う魔除けとしての呪術的な装い
  • 身体に加工を施して装着する耳飾りの風習

縄文時代の装身具に込められた祈りと表現をイメージした画像 作成:junk-word.com(爆点日本史編集部)【歴史ニュース】
縄文時代の装身具に込められた祈りと表現をイメージしたAI画像 作成:junk-word.com(爆点日本史編集部)

遺跡の出土品が物語る装いの役割と歴史

出土資料が語る素材と意識の変化

盛岡市遺跡の学び館で開催されるテーマ展では、市内の遺跡から発見された装身具に焦点が当てられます。原始時代の人々にとって、身を飾る行為は現代のようなファッション性だけでなく、社会的な意味や精神的な役割を兼ね備えていました。

展示では、縄文時代の魔除けとしての装身具から、時代が下るにつれて自己を表現する手段へと変化していく過程が、実際の出土資料を通して紹介される予定です。石や土、ヒスイ、動物の骨・牙・角、貝など、自然素材や希少な素材から生み出された当時の工芸技術にも迫る構成となっています。

今回の展示に関連して、2026年7月12日には学芸講座の開催も予定されています。この講座では、盛岡の装身文化をテーマに、縄文時代から近世に至るまでの変遷について専門的な解説が行われる予定です。実際の展示解説も組み込まれており、市内の遺跡から見つかった具体的な資料を拠り所にしながら、地域の歴史的な装飾文化に深く触れることができます。

展示と講座を合わせて体験することで、先史時代から現代へと繋がる文化の連続性をより具体的に捉えることができるでしょう。太古から続く装いの歴史が、現代の私たちの感性にどのように響くのかを考える機会になりそうです。

開催情報

展示名 テーマ展「装身-縄文時代の魔除けから現代の自己表現へ-
主催 盛岡市遺跡の学び館
会期 2026年5月30日(土)から2026年9月23日(水)まで
開館時間 9時から17時まで(入館は16時30分まで)
観覧料 一般300円、高校生200円、小・中学生100円(小学生未満、市内の小・中学生、障がい者手帳をお持ちの方と付添者は無料)
休館日 月曜日(祝日の場合は翌平日)、毎月最終火曜日

縄文の精神世界を探る装身の風習

展示を鑑賞する際、当時の精神世界や社会の仕組みを知っておくと、出土品が持つ本来の役割をより深く感じ取ることができるはずです。

厄災を払う魔除けとしての呪術的な装い

縄文時代における装身具は、現代の装飾とは異なり、災いから身を守るお守りや祈りの道具としての側面もあったと考えられています。

当時の人々は、動物の牙や骨、特定の石材などに特別な意味を見いだし、それらを身に着けることで加護を得ようとしたと考えられます。例えば、牙や歯を加工した装身具には、動物の力強さを取り込もうとする信仰が反映されていた可能性があります。これらは生存に関わる祈りが込められた守護の具でもあったといえます。

また、ヒスイなどの希少な石材を用いた装身具は、その美しさに加え、遠方との交流を示す交易品の素材としても重要です。糸魚川周辺のヒスイが各地へ運ばれていたことから、こうした装身具には希少性や交流の広がりを示す意味もあったと考えられています。

魔除けや祈り、希少な素材への価値づけが重なり合うことで、装身具は暮らしや社会のあり方を映す存在になっていきました。太古の人々が装身具に込めた切実な願いは、形を変えて今の私たちにも伝わってくるようです。

身体に加工を施して装着する耳飾りの風習

縄文時代の装身具の中でも、特に技術的な特徴が際立つのが耳飾りです。玦状耳飾り(けつじょうみみかざり)は、中央に穴を開け、外縁から切れ目を入れた装身具で、縄文時代早期末葉に出現したとされています。

これは耳たぶに開けた穴へ切れ目から挿入して装着したと推定されています。その後、時代が進むにつれて形状は変化し、縄文時代中期には土製の耳栓が現れ、のちに主流になっていきます。耳たぶの穴に円柱形や鼓形の飾りをはめ込むという身体加工を伴うものでした。

縄文時代の遺跡から出土する耳飾りの中には、精巧な透かし彫りや彩色が見られるものもあり、当時の高度な工芸技術を伝えています。こうした大きな飾りは、特別な場での装い、お守り、儀礼的な意味など、複数の役割を持っていた可能性があります。

大きな耳飾りを装着するため、長い時間をかけて少しずつ耳たぶの穴を広げていった可能性も指摘されています。身体を加工してまで装身具を身に着けた風習からは、当時の人々が装うことに込めた意味の大きさが伝わってきます。

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