小学校4年生の国語教材として親しまれてきた『ごんぎつね』。その物語を手がかりに、昔の道具や暮らしの風景を体感できるのが、広島市郷土資料館の企画展「『ごんぎつね』が語る昔のくらし」です。会場では、作品に登場する場面と生活道具を結びつけて紹介。会期中の日曜には学芸員による展示ガイド、土日祝にはクイズも用意され、読み物から一歩進んだ"体験する読書"ができます。物語の舞台の背景や、教科書とのつながりを押さえてから見に行くと、展示の見え方がぐっと豊かになります。
- いたずらが奪った、母への想い
- なぜ「うなぎ」だったのか?
- 川と生きた人々の息遣い
- 同じ学年で"物語"と"科学読み物"が並ぶ
- 原題は『ごん狐』、教科書では『ごんぎつね』
- 教室の学びと展示をつなげる流れ
- 29年の生涯と代表作
- 舞台となった土地を歩く視点
- 開催情報
- 2025~2026の童話・絵本関連展示(開催中・開催予定)
ごんが盗んだ一匹の「うなぎ」
いたずらが奪った、母への想い
ごんぎつねは、新美南吉(にいみなんきち)が昭和初期(1932年)に発表した児童文学の代表作です。小さな村を舞台に、孤独な子ぎつね「ごん」と村人・兵十(ひょうじゅう)とのすれ違いを描いた物語で、日本の教科書にも長く掲載されてきました。
素朴な農村の暮らしと、人と自然の距離が近かった時代を背景に、人間の優しさと誤解、そして命の尊さを静かに問いかけます。短いながらも心に深い余韻を残す物語であり、今なお多くの読者に愛され続けています。
物語は、ごんの些細ないたずらから大きく動き出します。兵十が母親のために、腰まで水に浸かりながらようやく捕らえた一匹のうなぎ。ごんはそれを横取りし、逃がしてしまうのです。この行為が、後に取り返しのつかない後悔と、命がけの「償い」へと繋がっていきます。
うなぎは、ごんと兵十の運命を分かつ、物語の心臓部と言っても過言ではありません。しかし、なぜ他の魚ではなく、うなぎだったのでしょうか。
なぜ「うなぎ」だったのか?
物語が書かれた昭和初期、うなぎは栄養価が高く滋養に富む食材として重宝されていました。物語では、兵十の母親が「うなぎが食べたい」と言ったに違いないとごんが思いを巡らせます。
息子である兵十が、必死の思いで捕らえた一匹のうなぎには、母のためを思う気持ちが込められていたと作品から想像できます。ごんが盗んだのは、一匹の魚だけでなく、大切な気持ちでもありました。この背景を思うとき、兵十の絶望と、ごんが背負った罪の重さが、より深く胸に迫ってくるのではないでしょうか。
川と生きた人々の息遣い
兵十がうなぎを捕るために使った「はりきり」という網。魚を入れる「びく」。この企画展では、物語に登場する昔の道具や情景が再現・展示されます。
これらは、博物館のガラスケースに収まる「昔の道具」ではありません。川の恵みを受け、時にはその厳しさと向き合いながら生きてきた人々の知恵と、生活の確かな手触りを伝えてくれる証人です。
展示品を目にすると、兵十が体験したであろう川での労苦や緊張感に思いを馳せることができます。そうした想像こそが、歴史と向き合う醍醐味なのです。
ごんぎつねと「うなぎ」~4年生でひろがる学び
同じ学年で"物語"と"科学読み物"が並ぶ
多くの学校で使われる光村図書の4年国語では、下巻に『ごんぎつね』、同じ学年にニホンウナギ研究で知られる塚本勝巳さんの文章「ウナギのなぞを追って」が収録されています。
物語文と説明文(科学的・読み物)的な文章を同じ学年で学ぶことで、「物語に出てくる生き物」への関心を科学的な視点へとつなげる可能性があります。
教科書でウナギの生態や産卵場所などの謎に触れたあとで、展示で昔の川辺の暮らしを見たり体験すると、作品世界と現実の科学的知識とのつながりが深まるでしょう。
原題は『ごん狐』、教科書では『ごんぎつね』
原作の題名は『ごん狐』です(青空文庫の作家データと底本情報に基づく)。一方、学校教材では仮名表記『ごんぎつね』が広く用いられています。表記差を知っておくと、原文テキストや研究資料を探すときに検索がスムーズです。展示で物語世界に浸ったあと、原題で原文を読み比べることで、語彙や表記の細部に注意が向き、作品理解が一段深まる可能性があります。
また、『ごんぎつね』が初めて教科書に掲載されたのは1956年(昭和31年)で、その後複数の教科書に広がっていきました。1989年(平成元年)以降は、小学4年国語の教科書で掲載され続けており、子どもたちにとって定番教材とされています。
現場の授業では、音読・書き写し・構造読みなどの複合的なアプローチが広く用いられており、展示で見た民具や暮らしのリアリティを、ことばの手触りと結びつけて読む助けになるでしょう。
教室の学びと展示をつなげる流れ
学びを深める流れは次のようになります。
- 教科書で『ごんぎつね』を読み、登場人物の心の動きを追います。続けて「ウナギのなぞを追って」で科学的な視点へと広げます。
- 興味が高まったら展示を訪れ、昔の道具や生活の様子を実物から感じ取ります。
- さらに原題『ごん狐』の原文にふれることで、語彙や表記の違いにも注意が向き、理解が一段と深まります。
このように「教室→展示→原典」の循環を行うことで、「物語―生活史―科学読み物」が立体的につながります。
展示期間中は日曜14時に学芸員の展示ガイド、土日祝にはクイズイベント(11/3・11/8・11/9を除く)も実施されるので、学びの起点づくりにも最適です。
『ごんぎつね』は1956年に初めて教科書に掲載され、1989年以降は多くの教科書で掲載され続けています。半世紀以上、4年生の定番素材として読み継がれてきたからこそ、展示で"生活の実物"に触れる価値が大きくなります。
新美南吉と舞台の手ざわり
29年の生涯と代表作
新美南吉(1913~1943)は愛知県半田出身。『赤い鳥』などに童話を発表し、結核により29歳で早世しました。
代表作の一つが『ごん狐/ごんぎつね』です。原稿や日記といった一次資料は新美南吉記念館に所蔵・展示され、作品と生涯を並行して知ることができます。展示で触れた暮らしの道具を、作者の時代背景と照らし合わせながら味わう視点が生まれるでしょう。
記念館の紹介によれば、南吉が生まれ育った地域の生活や自然は作品世界に色濃く反映されています。物語の「場」を具体的にイメージできると、再現展示で見た民具の用途や季節感が新たな読解の手がかりとなります。
舞台となった土地を歩く視点
半田市観光協会は「ごんぎつね」の舞台となった岩滑地区のモデルコースを公開しており、作品と土地の関わりを歩きながら確かめられます。展示で得た生活像を、現地の地形や用水、社寺の配置と重ねれば、フィールドワークとしての面白さが一段と増すでしょう。旅行を計画する際は、記念館とあわせて巡ることで理解がさらに深まります。
こうした「現地で読み直す」体験は、展示テーマである"昔のくらし"の解像度を高めます。再現展示で見た道具のサイズ感や素材感を思い出せば、現地で同種の生活痕跡(石垣、用水路、地名など)に気づきやすくなり、読みと観察が互いを補い合う好例となるのです。
開催情報
展示名 | 企画展『ごんぎつね』が語る昔のくらし(※一部SSL非対応) |
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主催 | 広島市郷土資料館 |
会期 | 2025年9月6日(土)~11月24日(月・振) |
開館時間 | 9:00~17:00(入館は16:30まで) |
観覧料 | 大人100円/高校生・シニア(65歳以上)50円/中学生以下無料 |
休館日 | 毎週月曜日(9/15・10/13・11/3・11/24を除く)、9/16(火)、10/14(火)、11/4(火)、11/8(土)、11/9(日) |
童話・絵本の関連展示(2025~2026)
2025~2026の童話・絵本関連展示(開催中・開催予定)
施設名 | 展示名 | 会期 | 概要 |
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新潟県立近代美術館 | 「オバケ?」展 | 2025年9月13日~12月7日 | 絵画・漫画・アニメとともに、せなけいこなどのオバケ絵本の世界を横断紹介。子どもから大人まで楽しめる切り口です。 |
愛媛県歴史文化博物館 | 特別展「ヨシタケシンスケ展かもしれない」 | 2025年9月20日~11月24日 | 人気絵本作家ヨシタケシンスケの初期スケッチ~原画・立体まで約400点超で創作のしくみを体感。 |
国立国会図書館 国際子ども図書館 | 絵探し絵本となかまたち | 第1期 2025年10月7日~12月21日/第2期 2026年1月20日~4月19日 | ウォーリーなどの絵探し絵本を中心に、同系統の資料を前後期で入替展示。 |
ちひろ美術館・東京 | 装いの翼 ― いわさきちひろ、茨木のり子、岡上淑子 | 2025年10月31日~2026年2月1日 | 絵本画家いわさきちひろと同時代の女性表現者を「装い」から読み解く企画。 |
東京都現代美術館 | エリック・カール展 はじまりは、はらぺこあおむし | 2026年4月25日~7月26日 | 『はらぺこあおむし』などの原画・資料で回顧。 |
企画展「ごんぎつね」と新美南吉の描いた世界のまとめ
- 『ごんぎつね』は昭和初期に発表
- 孤独なごんと兵十のすれ違い物語
- 母のためのうなぎを奪ういたずら
- うなぎは栄養価が高く滋養に富む食材
- 兵十の祈りと母への願いが込められる
- 展示では昔の道具と物語を結びつけて紹介
- 民具から川辺の暮らしが伝わる
- 光村図書4年下巻に『ごんぎつね』収録
- 同学年で「ウナギのなぞを追って」も学習
- 原題は『ごん狐』、教科書では仮名表記
- 1956年に初めて教科書に採用
- 1980年代以降は定番教材に
- 新美南吉は1913年生まれ、結核により29歳で早世
- 物語の舞台は半田市岩滑地区、現地にはモデルコースも
- 展示と現地体験で理解が立体化する