福島県猪苗代湖畔の笹山原遺跡群では、1988年から現在まで継続的な調査が行われています。この地の旧石器時代の調査を支えてきたのが、郡山女子大学短期大学部の学生たち、通称「発掘ガール」です。群馬県の岩宿博物館で開催される企画展では、彼女たちの活動と調査で明らかになった猪苗代湖畔の古代人の生活を紹介します。豊かな水辺環境が古代の人々にとってどのような意味を持っていたのか、その魅力に迫ります。
- 火山活動が作り出した生活環境
- 細石刃技術にみる旧石器時代後期の技術革新
- 全国に広がる旧石器時代遺跡の研究
- 地域創成学科の実践的考古学教育
- 開催情報
- 2025年開催中の旧石器時代関連展示
猪苗代湖と旧石器時代
火山活動が作り出した生活環境
猪苗代湖畔が旧石器時代の人々にとって魅力的な居住地となった背景には、この地域独特の地形的特徴があります。猪苗代湖は長期間にわたる地質活動により形成されました。約20万~30万年前に断層活動により猪苗代盆地が陥没し、約8万年前の古磐梯山の噴火により翁島泥流が流出して流路が塞がれ、現在の猪苗代湖の原型が形成されました。近年の調査では約4万年前の湖底堆積物も確認されており、この頃には安定した湖として存在していたことがわかっています。火山活動により岩なだれや複雑な地形が生じたとされています。
この地形は、ナウマンゾウやオオツノジカといった大型動物の狩猟に適した環境を提供する一方で、湖の魚介類も豊富に利用できる理想的な生活環境でした。福島県内では笹山原遺跡が約30,000年前の最古級の旧石器時代遺跡の一つとして位置づけられており、磐梯山の火山活動による地形変化が、結果として人類の定住に最適な環境を作り出した可能性を物語っています。
細石刃技術にみる旧石器時代後期の技術革新
笹山原遺跡群で発見された石器の中でも特に注目されるのが細石刃(さいせきじん)と呼ばれる小さな石の刃です。細石刃は旧石器時代後期に発達した石器製作技術の一つで、細石刃核と呼ばれる石核から作られた小さな刃を木や骨の溝にはめ込む形で使われました。
この技術は限られた石材を効率的に利用する高度な技術革新でした。細石刃の製作には、珪質頁岩(けいしつけつがん)や凝灰質頁岩(ぎょうかいしつけつがん)などの質の良い石材を用い、その加工には製作者の高い技術力が要求されました。猪苗代湖畔で発見された細石刃群は、この地域の旧石器時代の人々が、当時の最先端技術を身につけていたことを示す貴重な証拠とされています。
細石刃技術は日本では約1万5,000年前~1万2,000年前ごろに広まったとされ、旧石器時代終末期から縄文時代草創期への移行を特徴づける要素です。笹山原遺跡での細石刃発見は、県内旧石器文化の様相を知る手がかりとなっています。
女子学生が支える現代の考古学調査
全国に広がる旧石器時代遺跡の研究
日本列島では現在までに1万か所以上の旧石器時代の遺跡が発見されており、その分布は北海道から沖縄まで全国に及びます。これらの遺跡は、約4万年前に日本列島に到達した人々の生活を具体的に物語る貴重な証拠です。
群馬県の岩宿遺跡では、1946年にアマチュア考古学者の相沢忠洋が関東ローム層から石器を発見しました。これは「日本には旧石器時代がない」とされていた当時の学説を覆す画期的な発見で、日本の旧石器研究の出発点となったのです。長野県の野尻湖遺跡ではナウマンゾウなどの骨と旧石器時代の石器が同じ層から見つかっており、古代の人々が大型動物を狩猟していたと考えられています。
北海道の白滝遺跡群は日本最大級の黒曜石産地であり、石器の材料採取や加工跡が多く確認されています。一方、沖縄県のサキタリ洞遺跡では世界最古級の貝製釣り針が発見され、海に囲まれた環境での魚介類の利用を示しています。また、全国各地の旧石器時代遺跡からは狩猟用の落とし穴や住居跡も発見されており、旧石器時代の人々が各地の環境に適応した多様な生活を営んでいたことが明らかになりました。
地域創成学科の実践的考古学教育
郡山女子大学短期大学部地域創成学科は、文化・歴史、アート&デザイン、ビジネス・情報の分野を横断的に学ぶことができる学科です。この学科では、會田容弘教授の指導のもと、笹山原遺跡群の発掘や出土品の整理・分析、調査報告書の作成といった一連の考古学的プロセスに、学生が実際に参加しています。
こうした活動を通じて、学生たちは現代考古学のスキルを実地で習得。実践を重視した教育により、専門性と地域に根ざした視点の両方を身につけています。
笹山原遺跡群の調査は、全国の旧石器時代遺跡研究の重要な一角を担っています。発掘ガールたちの継続的な調査により、猪苗代湖畔における人類の定住過程や石器技術の発展が徐々に明らかになり、日本の旧石器時代研究に新たな知見をもたらしています。発掘ガールの活動(発掘ガール公式インスタグラム)
開催情報
展示名 | 発掘ガールの考古学入門ー猪苗代湖畔で学び、つなぐ旧石器時代ー |
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主催 | 岩宿博物館 |
会期 | 2025年7月19日(土曜日)から2025年8月31日(日曜日)まで |
開館時間 | 午前9時30分~午後5時(入館は午後4時30分まで) |
入館料 | 個人:一般310円、高校生200円、小中学生100円/団体(20名以上):一般200円、高校生100円、小中学生50円 |
休館日 | 月曜日(月曜が祝日・振替休日の場合はその翌日)、年末年始 |
関連行事 |
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旧石器時代関連展示
全国の博物館では旧石器や古代史に関連する展示が開催されています。猪苗代湖畔の発掘調査が明らかにした旧石器時代の人々の暮らしとともに、最新の科学技術によって解明される日本人のルーツを知ることで、私たちの祖先がたどった長い歴史への理解を深めることができるでしょう。
2025年開催中の旧石器時代関連展示
施設名 | 展示名 | 会期 | 概要 |
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名古屋市科学館 | 特別展「古代DNA -日本人のきた道-」 | 2025年7月19日~9月23日 | 旧石器時代から古墳時代まで、最新のゲノム解析で日本人のルーツを解き明かす。沖縄の旧石器時代人骨も展示。 |
黒耀石体験ミュージアム | 常設展示「ようこそ黒耀石のふるさとへ、黒耀石のふるさと鷹山他」 | 通年開催 | 約3万年間石器材料として利用された黒耀石の原産地遺跡。旧石器時代の石器づくり体験も可能。 |
全国巡回(4会場) | 「発掘された日本列島2025」展 | 2025年7月12日~2026年2月22日 | 文化庁主催の全国発掘調査成果展。旧石器から近世まで最新の発掘成果を巡回展示。 |
東京都埋蔵文化財センター | 常設展示「旧石器時代から江戸時代までの通史」 | 通年開催 | 旧石器時代から中世・近世まで約3万年の多摩丘陵の歴史を展示。旧石器時代の石器群も紹介。 |
発掘ガールと旧石器時代の遺跡のまとめ
- 猪苗代湖は約20万年前の断層活動で盆地が形成
- 約8万年前の古磐梯山噴火で湖の原型が完成
- 笹山原遺跡は約30,000年前の最古級遺跡
- 細石刃は旧石器時代後期の高度な石器技術
- 珪質頁岩など良質な石材で精密な加工を実現
- 日本列島の旧石器時代遺跡は1万か所以上発見
- 岩宿遺跡発見が日本旧石器研究の出発点
- 郡山女子短大地域創成学科の学生たちの通称が「発掘ガール」
- 発掘ガールが笹山原遺跡の発掘、調査を担当