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第一次若槻礼次郎内閣が総辞職するきっかけとなった経済危機は?

1927年第一次若槻礼次郎内閣は総辞職しました。若槻内閣が退陣するきっかけとなった経済危機の名称を答えてください。

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金融恐慌(きんゆうきょうこう)です。

若槻内閣の大蔵大臣片岡直治(かたおかなおはる)が東京渡辺銀行が破綻すると失言したことから、預金者が銀行に押しかけ預金を引き出そうとする取付け騒ぎが起こりました。

東京渡辺銀行など中小の銀行が休業に追い込まれると、さらに、台湾銀行にも取付け騒ぎが起こります。

総合商社の鈴木商店が戦後恐慌の煽りを受け経営難に陥っていたのですが、この鈴木商店に多額の融資をしていたのが台湾銀行だったのです。

台湾銀行も危ないのでは?と不安になった預金者の引き出しが相次ぎ、台湾銀行も休業状態となり、さらに経営的に問題のなかった十五銀行など他の銀行にも取付け騒ぎが飛び火しました。

政府は天皇の緊急勅令(きんきゅうちょくれい)で、この危機を乗り切ろうとしますが、天皇の諮問機関である枢密院が反対したため、手詰まりとなった若槻内閣は金融恐慌の責任をとり総辞職しました。

枢密院は若槻内閣の外務大臣幣原喜重郎の協調外交に反対であり、若槻内閣を退陣に追い込むことで外交方針の転換をはかろうとしたとされています。