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1875年の大阪会議後に出された詔は?

1875年参議伊藤博文らの斡旋で実現した大阪会議後に出された詔の名称を答えてください。

答えはこちら

漸次立憲政体樹立の詔(ぜんじりっけんせいたいじゅりつのみことのり)です。

1873年明治6年の政変で西郷隆盛、板垣退助らが下野し、台湾出兵に反対していた木戸孝允も政府を去ります。

大久保利通とともに政権を運営していた岩倉具視が不平士族に襲われる事件が起こり、さらに江藤新平が佐賀で挙兵しました(佐賀の乱)

混迷する政局を打開するため参議伊藤博文の斡旋により大久保、木戸、板垣の三者が大阪に集まり会合が開かれました。これを大阪会議といいます。

会議の結果、国会開設に向けて準備を進めることが決まり、木戸と板垣が参議に復帰しました。

1875年4月漸次立憲政体樹立の詔が出され、元老院(げんろういん)、大審院(だいしんいん)、地方官会議(ちほうかんかいぎ)が新設されました。

政府は国会開設へと舵を切ることになったのです。

元老院・・・左院を廃止して新設された立法機関。
大審院・・・現在の最高裁判所にあたる機関。
地方官会議・・・地方自治に関する審議を行うため府知事、県令を招集して開かれた会議。

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