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1185年平家が滅亡した戦いは?

源平合戦(治承・寿永の乱)最後の戦いとなる海戦が1185年に行われました。この合戦の名称と入水(じゅすい)した天皇を答えてください。

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壇ノ浦の戦い(だんのうらのたたかい)、安徳天皇(あんとくてんのう)です。

屋島の戦いで四国の拠点を失った平家は、長門国彦島に追い込まれます。源義経は各地の水軍を味方につけ、彦島の平家軍に攻撃をしかけますが、海戦では一日の長がある平家に押され苦戦します。

義経は戦況を打開するため、操船技術が巧みな敵船の漕ぎ手を射ることを命じたといわれています。潮の流れが変わったことをきっかけに源氏方が反撃に出ると、平家は総崩れとなります。敗戦を悟った清盛の正室 二位の尼(平時子)は、幼い安徳天皇を抱いて入水します。

これを見た平家一門の者たちも次々に海中に身を投げ命を落としました。平家の総大将宗盛は死にきれず泳いでいるところを見つかり捕虜になります。鎌倉に送られた宗盛と子供たちはのちに斬首となり平家は滅亡しました。 平時子系図(たいらのときこけいず)・二位尼(にいのあま)系図

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