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794年桓武天皇(かんむてんのう)が遷都した都は?

桓武天皇が和気清麻呂(わけのきよまろ)の進言により遷都した都を何と呼んでいますか?

答えはこちら

平安京(へいあんきょう)です。

桓武天皇は784年に平城京から長岡京に遷都しますが、造営の責任者であった藤原種次が暗殺されるという事件が起こります。

桓武天皇はこの事件に皇太子である弟の早良親王(さわらしんのう)の関与を疑い流罪とします。早良親王は無実を訴え断食して命を落としました。

その後桓武天皇は息子の安殿親王(あてのみこ)を皇太子に指名しますが、天皇の周囲で死去する者が相次いだことから、早良親王の怨霊説がまことしやかに広まります。

桓武天皇が平安京に遷都した理由のひとつが、早良親王の祟りから逃れるためだといわれています。

平安京はおよそ1000年日本の都となります。明治になり天皇が東京に移ってからは首都としての機能は失われました。

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