ジャンクワードドットコム・暮らし、生活百科事典

功山寺で挙兵し保守派(俗論派)を破った長州藩士は?

第一次長州征伐後に功山寺で挙兵し藩論を武備恭順に導いた長州藩士の名前を答えてください。

答えはこちら

高杉晋作(たかすぎしんさく)です。

第一次長州征伐で長州藩の藩政を掌握した保守派(俗論派)は、禁門の変の責任者である三家老と四参謀を粛正します。

萩を脱出していた高杉晋作はこの保守派の蛮行に憤慨し、下関に戻ると功山寺で挙兵しました。

太田・絵堂の戦いで俗論派を打ち破り主導権を握った高杉は藩論を「武備恭順(ぶびきょうじゅん)」にまとめました。

「武備恭順」とは、表面的には恭順しながら裏で軍備を整えることです。

「春はあけぼの」のフレーズを知っていても、枕草子を読んだことがある方はそう多くはありません。大河ドラマをきっかけに清少納言と枕草子に興味を持つ方が増えると思いますので、3回に分けてお伝えすることにしました。1回目は清少納言の家族と祖先清原氏の話を中心に、枕草子を書くことになったきっかけや「源氏物語」との違い、清少納言と紫式部の関係を特集します。ぜひご覧ください。