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1808年イギリスの軍艦が長崎に侵入した事件は?

1808年幕府の許可なしにイギリスの軍艦が長崎に侵入しました。この事件の名称を答えてください。

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フェートン号事件です。

1799年から始まったナポレオン戦争でイギリスとフランスは対立していました。

フランスの占領下にあったオランダ船の拿捕を企てたイギリスの軍艦フェートン号は、オランダ国旗を掲げ長崎港に入港すると、オランダ商館員を人質にとり幕府に対し薪水(しんすい)を要求しました。薪水はたきぎや水、食糧を意味します。

長崎奉行松平康英(まつだいらやすひで)は、兵力不足もありイギリスの要求を受け入れ薪水を与えます。

日本側の攻撃体制が整う前にフェートン号は長崎を出港したため双方に被害はでなかったのですが、侵入された責任をとり松平康英は自ら切腹します。

また、長崎港警備の任務にあたっていた佐賀藩では、配備しなければいけない兵士の数を大幅に減らしていました。財政難が主な原因ですが、太平の世に慣れてしまい気が緩んでいたのでしょう。家老など数名が責任をとり切腹しています。

フェートン号事件は鎖国政策をとる幕府に大きな衝撃を与えました。