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大坂ー江戸間を運航した定期船は?

物資を運ぶため大坂~江戸間を就航した定期船の名称を答えてください。

答えはこちら

菱垣廻船(ひがきかいせん)、樽廻船(たるかいせん)です。

大坂と江戸を結ぶ南海路を運航した定期船が菱垣廻船と樽廻船です。

菱垣廻船・・・17世紀前期に運航が開始され、やがて江戸の十組問屋と大坂の二十四組問屋が運航を独占するようになります。運搬船はしだいに大型化し米、酒、酢、醤油、油、木綿などの物資を運びました。

樽廻船・・・17世紀中期に運航が始まったとされ、1730年江戸の十組問屋から酒店組が独立し酒専用の廻船が運航されました。小型の樽廻船は物資を迅速に運搬したことから小早(こはや)と呼ばれます。

迅速で運賃の安い樽廻船が酒以外の荷物まで運ぶようになると、菱垣廻船問屋との間で顧客の獲得をめぐり争いが起きます。

両者の間で協定が結ばれますが、樽廻船の需要は増加していき菱垣廻船を圧倒しました。

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