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朝鮮の役(文禄の役)と黒田官兵衛

朝鮮の役(文禄・慶長の役)
*朝鮮の役 朝鮮半島の地図


明征服を夢見る豊臣秀吉は、その先駆けとして朝鮮国を攻める準備にとりかかります。1592年、朝鮮出兵の兵站(へいたん)基地として肥前名護屋城を築くと。小西行長、加藤清正に先鋒を命じ朝鮮半島に軍を送ります。


九州、中国、四国の大名を中心に9つの部隊で編成された日本軍およそ16万は、次々に海を渡り朝鮮半島に上陸します。


黒田官兵衛は息子長政に黒田家の兵を任せると、自らも軍監として朝鮮に渡りますが、体調を崩し早々に帰国します。


肥前国を半分ずつ領有する一番隊小西行長と二番隊加藤清正は互いをライバル視して、相手よりも大きな手柄をたてるべく兵を進めます。日本軍の侵攻の早さにうろたえた朝鮮軍は城を次々に落とされ、上陸からわずか20日あまりで首都 漢城を制圧されます。


小西行長は逃げた朝鮮国王を追い平壌まで兵を進めますが、平壌城の守備兵は撤退していたため難なく城に入ることができました。


陸戦において快進撃を続ける日本軍ですが、海戦においては李舜臣率いる水軍に手痛い敗北を喫します。制海権を朝鮮に握られた日本では、兵糧など物資の輸送が滞るようになり深刻な兵糧不足となります。


さらに朝鮮の義勇兵や明国援軍の反撃にあい、しだいに劣勢に立たされます。秀吉は不利な戦況を挽回するため、1593年2月官兵衛を再び朝鮮に送るのです。


朝鮮に着いた官兵衛は、早速軍議を開き秀吉の言葉を諸大名に伝えるとともに、巻き返しをはかるための作戦を立てます。精力的に活動する官兵衛ですが、このとき思わぬトラブルに見舞われます。


官兵衛の陣中に石田三成が訪れますが、長政と碁を打っていた官兵衛はすぐに三成に合わずしばらく待たせてしまうのです。


秀吉から軍目付として派遣された三成は、この官兵衛の態度に腹を立て「軍監としての職務を放棄している」と秀吉に報告します。


焦った官兵衛は弁明のため帰国するのですが、この帰国は秀吉の許可を得ていなかったことから軍規違反を犯したとして蟄居を命ぜられてしまうのです。


秀吉の怒りは思いのほか激しく、弁明の機会も与えられない官兵衛は窮地に立たされます。官兵衛は秀吉の勘気を解くために剃髪と出家を行い、名を如水円清と改めます(1593年7月)


官兵衛の神妙な態度と息子長政の朝鮮での功績により、一年後に官兵衛の蟄居は解かれます。官兵衛のいない朝鮮の陣では、停戦の機運が高まり、日本と朝鮮の間で停戦が結ばれ諸大名の軍勢は日本に帰国することになります。

■文禄の役 主な戦い

・釜山の戦い
秀吉により一番隊に任命された小西行長ら1万8千の軍勢は、釜山に上陸すると、鄭撥(チョンパル)が守る釜山城を攻撃して数時間でこれを落とします。鄭撥は戦いの最中に被弾して戦死!城兵の多くも戦死もしくは斬り殺されます。

・慶州の戦い
加藤清正を中心とする二番隊2万2千は釜山に上陸すると、慶州に侵攻して慶州城を攻略します。城兵がわずかに抵抗したもののすぐに制圧して城を占領します。

・忠州の戦い
釜山、尚州を落とした小西行長ら一番隊は忠州に進軍し、朝鮮軍と戦闘になります。朝鮮軍8千は一番隊に突撃を敢行しますが、次々に討たれ、およそ8千の軍勢は壊滅状態となり敗走しました。

・平壌城の戦い
平壌に侵攻した小西行長ら一番隊は朝鮮軍の夜襲を受け死傷者を出しますが、三番隊黒田長政の救援を受け撃退に成功します。

・延安城の戦い
平壌を制圧した三番隊黒田長政は延安城を攻撃します。城には義勇兵と民衆合わせて2000人が籠城していました。黒田隊は5000の兵で攻めますが、城兵は熱湯をかけたり、丸太や岩を落とすなどして応戦し、黒田の兵を何度も撃退します。激しい抵抗に手を焼いた黒田隊は城を落とすことをあきらめ撤退します。

・第一次晋州城の戦い
九番隊の細川忠興を中心とする2万の兵は金時敏が守る晋州城(守備兵4000人)を攻めます。城兵の激しい抵抗にあい多数の死傷者をだし日本軍は撤退!

・碧蹄館の戦い
平壌を奪われた日本軍は漢城に集結して明・朝鮮軍を迎え撃つ態勢をとります。総大将宇喜田秀家、小早川隆景を先鋒とする4万の日本軍は漢城を出て野戦での決戦に臨み、李如松率いる明軍4万と激突!小早川隆景、立花宗茂、吉川広家らの活躍により明軍の撃退に成功します。

・第二次晋州城の戦い
日本軍に激しい抵抗を続けていた朝鮮の義勇兵の拠点晋州城を日本軍は再び攻めます。加藤清正、小西行長、宇喜田秀家らおよそ5万の兵が一斉に攻めかかり、2万の守備隊を撃破!守備隊の主だった将を討取り晋州城を落としたのです。

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