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黒田官兵衛(くろだ かんべえ)誕生

黒田官兵衛(くろだ かんべえ) 画像
*黒田官兵衛(くろだ かんべえ)

黒田官兵衛(くろだ かんべえ)は、父職隆(もとたか)と母明石氏の嫡男として1546年12月22日播磨国(はりまのくに)姫路で誕生します。


母を同じくする弟に利高、母違いの弟に利典、直之がいます。妹は養女も含め何人かいたようで三木氏、尾上氏、一柳氏、浦上氏などに嫁いでいます。


官兵衛の幼名は万吉、諱(いみな)は孝高(よしたか)、出家後は如水(じょすい)を名乗りました。


1534年生まれの織田信長とは12歳差、1537年生まれの豊臣秀吉とは9歳差、1542年生まれの徳川家康とは4歳差ということになります。


父職隆(もとたか)は、播磨国東播(とうばん・東播磨)を治めていた小寺氏の家臣で、姫路城の城代の任についていました。


現在の姫路城は大規模な城郭を持つ城ですが、官兵衛の父職隆の頃は城と砦の中間的な規模であったようです。


官兵衛が14歳のときに母明石氏が亡くなり、16歳で小寺政職(こでらまさもと)の近習となります。


22歳で家督を継ぎ、小寺家の家老として国事に奔走します。30歳のときに豊臣秀吉と知り合ったことで官兵衛の運が開けます。


秀吉の家臣となりその知略で数々の戦を勝利に導き、やがて筑前国で52万石を領有する大大名へと栄進するのです。