幕末の佐賀藩が設けた理化学研究機関の精煉方(せいれんかた)では、西洋の科学技術を取り入れるための研究が進められ、そのなかで実験器具に使うガラス製品も作られました。そこで用いられた技法は明治以降も受け継がれ、現在の肥前びーどろへとつながっています。佐賀県立佐賀城本丸歴史館で開催されているテーマ展「佐賀藩精煉方と肥前びーどろ」は、幕末に始まったガラス生産技術が、佐賀の工芸として受け継がれてきた歴史を紹介する展示です。
- 佐賀藩精煉方と肥前びーどろ
- 精煉方で始まったガラス製造
- 現在まで受け継がれたジャッパン吹き
- 開催情報
- 関連イベント
- 肥前とびーどろを知る
- 肥前と佐賀藩は何が違うのか
- びーどろの魅力
- びーどろとポッペンの違い

佐賀藩精煉方と肥前びーどろ
精煉方で始まったガラス製造
佐賀城本丸歴史館の公式ページによると、幕末の佐賀藩は嘉永5年(1852)、西洋の科学技術を導入するための理化学研究機関として精煉方を設立しました。そこで進められた研究の成果のうち、現在まで佐賀の地に根付いたものとして挙げられているのが、伝統的なガラス工芸の肥前びーどろです。
精煉方では、理化学研究の実験器具などに使うガラス製品が製造されていました。その際に用いられたのが、ガラス管を通して息を吹き込み、ガラスを成形するジャッパン吹きです。
廃藩置県後の精煉方では、理化学用品や日常雑器として使われるガラス製品の製造が中心となりました。その後、ガラス職人の青木熊吉によって佐賀精煉合資会社として経営され、戦前までガラス製造が続けられました。
精煉方で始まったガラス製造は、藩がなくなったあとも製造が続けられ、民間の会社へと受け継がれていきました。本展では、こうした精煉方を起点とするガラス生産の歴史が紹介されます。
現在まで受け継がれたジャッパン吹き
佐賀精煉合資会社から独立した副島源一郎(そえじまげんいちろう)は、明治36年(1903)に副島硝子工業を創業しました。精煉方で使われていたジャッパン吹きも同社へ受け継がれ、製造されたガラス製品は肥前びーどろの名で親しまれるようになりました。
ジャッパン吹きは、平成5年(1993)に佐賀市重要無形文化財へ指定され、令和7年(2025)には、佐賀県重要無形文化財に指定されています。
今回の展示では、主な展示資料として「佐賀藩精煉方絵図」「貢姫宛鍋島直正書状」、須古鍋島家の「日記」、「諫早家日記」などが挙げられています。ガラス製品には、ガラス金魚鉢、青木家伝来ガラス製品、副島家伝来切子瓶などがあります。
このほか、副島太郎が制作した「硝子 瑠璃色器」と「硝子 紅彩」、現在の肥前びーどろ製品や作品も展示されます。幕末の精煉方から現在まで受け継がれてきたガラス生産技術と、肥前びーどろの歴史や魅力を取り上げる内容です。
開催情報
| 展示名 | テーマ展「佐賀藩精煉方と肥前びーどろ」 |
|---|---|
| 会期 | 2026年7月10日(金)~9月6日(日) |
| 開館時間 | 9時30分~18時 |
| 観覧料 | 無料 |
| 休館日 | なし |
| 会場 | 佐賀県立佐賀城本丸歴史館 御小書院(特別展示室) |
| 協力 | 副島硝子工業株式会社 |
関連イベント
| イベント名 | 第256回歴史館ゼミナール「精煉方跡における発掘調査」 |
|---|---|
| 日時 | 2026年7月25日(土)13時30分~15時 |
| 講師 | 楠本正士氏(佐賀市地域共創部文化財課政策主査) |
| 場所 | 佐賀城本丸歴史館 外御書院 |
| 備考 | 無料、事前申込不要 |
| イベント名 | 第257回歴史館ゼミナール「佐賀藩精煉方と肥前びーどろ」展関連リレー講演会 |
|---|---|
| 日時 | 2026年8月22日(土)13時30分~15時 |
| 講師 | 都留慎司氏(佐賀城本丸歴史館学芸員)、楠本正士氏(佐賀市地域共創部文化財課政策主査)、池田三紗氏(公益財団法人鍋島報效会主任学芸員) |
| 場所 | 佐賀城本丸歴史館 外御書院 |
| 備考 | 無料、事前申込不要。佐賀の歴史文化連携研究会との共催 |
| イベント名 | 学芸員によるギャラリートーク |
|---|---|
| 日時 | 2026年7月18日(土)、8月8日(土)、8月29日(土)各日14時~14時30分 |
| 講師 | 佐賀城本丸歴史館学芸員 |
| 場所 | 佐賀城本丸歴史館 御小書院(特別展示室) |
| 備考 | 事前申込不要 |
| イベント名 | 蒸気車実走ショー |
|---|---|
| 日時 | 2026年8月1日(土)11時、13時30分、15時30分 |
| 場所 | 佐賀城本丸歴史館北側(外御書院前) |
| 備考 | 精煉方が製造した蒸気車雛形を使った実走ショー、雨天時中止 |
肥前とびーどろを知る
展示名に含まれる肥前とびーどろの意味を知ると、佐賀藩とガラス工芸の関係を整理しやすくなります。ここからは展示をより深く楽しむための情報を紹介します。
肥前と佐賀藩は何が違うのか
肥前は、かつて日本に置かれていた国の名前です。現在の佐賀県と長崎県の一部にまたがる地域を指していました。奈良時代から平安時代中頃にかけては、現在の佐賀市大和町に肥前国の政治を担う役所が置かれていました。
一方、佐賀藩は江戸時代に成立した藩です。17世紀初頭に佐賀藩が成立し、初代藩主の鍋島勝茂(なべしまかつしげ)が佐賀城や藩内の交通網を整備しました。
つまり、肥前国は佐賀県と長崎県にまたがる広い地域を表し、佐賀藩は江戸時代にその地域の一部を治めた藩を表します。江戸時代の肥前国には佐賀藩だけでなく、唐津藩なども置かれていました。
今回の展示名では、精煉方を設立した政治的な主体として佐賀藩という名称が使われ、受け継がれたガラス工芸には地域名を冠した肥前びーどろという名称が使われています。
びーどろの魅力
びーどろは、ガラスやガラス製品を表す言葉として使われてきました。その魅力は、光を通す透明感と、ガラスの中に広がる色彩にあります。見る方向や光の当たり方によって輝きや色の印象が変わり、器や玩具など、作られる品によっても異なる表情を楽しめます。
ガラスは、透明でありながら硬く、触れると滑らかで、光を受けると艶が現れる素材です。色ガラスを用いれば、透明な部分と色の重なりによって多様な模様も生まれます。形だけでなく、光、色、艶が一つの品の中で重なり合うことが、びーどろならではの見どころです。
佐賀で受け継がれてきた肥前びーどろにも、こうしたガラスの美しさが生かされています。副島硝子工業の公式サイトによると、肥前びーどろの製品は、そのほとんどが型を使わない宙吹き(ちゅうぶき)製法で作られています。職人が空中でガラスを成形するため、一つひとつの形にわずかな違いが生まれ、自然でやわらかな風合いと滑らかな艶を持つ仕上がりになります。
色ガラスを巻き付けて作る模様も手作業で加えられるため、同じ種類の製品でも色や模様の現れ方は同じではありません。ガラスが持つ透明感や色彩に、職人の手による形の違いが加わること。それが、肥前びーどろの魅力となっています。
びーどろとポッペンの違い
びーどろは、ガラスやガラス製品を表す言葉として使われてきました。肥前びーどろも、一つの形をした製品の名前ではなく、佐賀で受け継がれてきたガラス製品やガラス工芸を表す名称です。
佐賀で作られていたガラス製品が肥前びーどろの名で売り出されるようになったのは、明治から大正を経て昭和期に入ってからでした。現在は、型を使わずに成形する宙吹きによる製品などが作られています。
これに対してポッペンやポッピンは、音を鳴らして遊ぶガラス製の玩具です。東京国立博物館は、喜多川歌麿の「婦人相学十躰 ポッピンを吹く娘」に描かれたポッピンを、ビードロ細工のおもちゃと説明しています。
びーどろがガラス製品を表す広い言葉であるのに対し、ポッペンはそのなかの特定の玩具です。肥前びーどろという名称も、ポッペンだけを指しているわけではありません。展示資料として挙げられている金魚鉢や切子瓶、ガラス器、現在の作品も、肥前びーどろへ続くガラス製品として紹介されています。

