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2025.08.28

もりおか歴史文化館「金山を開発せよ-『大槌金沢金山之図』制作に迫る-」背景解説 江戸時代の砂金の取り方と鉱山技術

岩手県大槌町にかつて存在した金沢金山を描いた、長さ12メートルの絵巻が物語るのは、江戸時代の金山開発に挑んだ人々の姿です。もりおか歴史文化館で開催される展示では、この貴重な絵巻を通じて、金の採掘から製錬まで、当時の様子を知ることができます。しかし、なぜ同様の絵巻が6点も制作されたのでしょうか。その謎に迫ることで見えてくるのは、江戸幕府と盛岡藩を巻き込んだ金山開発プロジェクトの物語でした。

目次
  • 鉱脈の金と砂金はどう違うのか
  • 砂金採りの道具たち
  • 採掘から製錬まで描かれた作業工程
  • 江戸時代の鉱山技術と人々の営み
  • 江戸幕府の調査と盛岡藩の対応
  • 開発資金獲得への戦略
  • 絵巻制作の背景を探る
  • 開催情報
  • 2025年開催中の鉱山関連展示

もりおか歴史文化館「金山を開発せよ-『大槌金沢金山之図』制作に迫る-」背景解説 江戸時代の砂金の取り方と鉱山技術【歴史ニュース】イメージ画像 作成:junk-word.com
江戸時代の鉱山開発 AIによるイメージ画像 作成:junk-word.com


「山金」と「砂金」―採取方法で変わる金の世界

鉱脈の金と砂金はどう違うのか

金の採取には大きく分けて二つの方法があります。一つは山の鉱脈から採掘する「山金(やまきん)」、もう一つは川から採取する「砂金」です。この二つは採取方法だけでなく、金の性質も大きく異なります。

山金は鉱脈という岩石の中に細かく含まれた状態で存在しており、肉眼では確認できないほどです。鉱石を採掘した後、砕いて特殊な製錬過程を経て初めて金を取り出すことができました。

一方、砂金は金鉱脈が長い年月をかけて風化・浸食され、川に流れ出たもので、産地によって異なりますが、純度はおおむね80~90%程度と高く、比重が約19.3と非常に重いという特徴があります。この比重の違いを利用して、水中で砂利から金だけを分離することが可能でした。

砂金採りの道具たち

江戸時代における砂金採りの道具は、各地域の地理的条件や採掘方法に応じて工夫されながら発展しました。とりわけ川底の砂金は比重が大きいため、この特性を活かした選別方法が、当時の道具に共通する大きな特徴といえるでしょう。

掘り起こし・運搬の道具:砂金を含んだ土砂を川底から掘り起こす際には、鶴首(鶴ノ觜)と呼ばれる、鶴のくちばしのように先が尖った鍬状の道具が用いられました。川底の砂利や大きな石を動かすのに適していたためです。

掘り出した土砂は、竹を編んだカゴやザルに入れて選別場所まで運搬しました。これらは重い土砂を効率よく運び、次の工程へつなぐために欠かせない存在でした。

選別の道具:掘り起こした土砂から砂金だけをより分ける「選別」の工程には、様々な工夫が凝らされた道具が用いられました。代表的なのが汰板(ゆりいた)や揺り盆(ゆりぼん)で、現代のパンニング皿の原型にあたります。土砂と水を入れて揺らすことで、比重の重い砂金が底に沈み、効率的に採取することができました。

また、「ねこ流し」と呼ばれる方法では、傾斜をつけた長い板状の樋(とい)の底に、ワラや麻を編んで作られた寝呉座(ねござ)を敷き詰めます。ここに土砂と水を流すと、比重の大きい砂金が寝呉座の粗い目に引っかかって留まる仕組みでした。この方法で集めた砂金は、盥(たらい)に洗い落として集められました。これらの道具は、砂金の特性である比重の重さを利用して、効率的に砂金と砂を分離するために発達したものです。

山金の採掘では「鉱山臼」という大きな石臼が使われました。これは鉱石を水と一緒に磨り潰して微粉化するための道具で、磨り石とセットで使用されていました。さらに「セリ板」という板は、泥状になった鉱石を流す際に用いられた道具でした。

佐渡金山では「大流し」という大量の水を使った砂金採取法も発達し、堤に溜めた水を一気に流して土砂を洗い流す大規模な技術です。

ここがポイント!

江戸時代の金採取技術は、金の重さが砂や砂利の主成分である石英のおよそ7倍という物理的性質を巧みに活用していました。この「比重選鉱(ひじゅうせんこう)」という原理は、現在の砂金採取体験でも基本原理は同じで、古くから世界各地で用いられてきた採取技術なのです。

絵巻が伝える金沢金山の世界

採掘から製錬まで描かれた作業工程

大槌金沢金山之図」には、江戸時代の金山における作業の様子が詳細に描かれています。絵巻を見ると、山の坑道から作業員が出入りする場面が確認できるでしょう。坑道内での採掘作業、それを地上に運び出す工程が描写されています。

地上では、採取した鉱石を細かく処理する作業が続きます。その後、水を使って金を分離する重要な工程へと進むのです。絵巻には、作業員が水を使った選別作業を行う場面が生き生きと描かれており、先ほど紹介した道具がどのように使われていたかを知る貴重な手がかりとなっています。

江戸時代の鉱山技術と人々の営み

江戸時代の金山では、現代のような機械は使用されず、すべて人力による作業でした。当時の鉱山では様々な採掘技術が用いられ、坑道内の換気や排水などの課題に対処するため、多くの工夫が凝らされていたと考えられます。

金沢金山の絵巻には、多くの作業員が協力する様子が描かれています。採掘、運搬、選別、製錬といった各工程で分業体制が存在していた可能性が示されており、組織的な運営が行われていたことがうかがえるのです。

絵巻に描かれた当時の作業の様子は、江戸時代の技術水準や労働環境を知る上で極めて価値の高い資料となっています。他の金山を描いた絵でも同じような道具が確認されており、各地の金山で類似の技術が発達していた可能性が示されています。

ここがポイント!

江戸時代の金山絵巻は、記録画というだけではなく貴重な技術資料でもありました。現在でも金山研究者は、絵巻に描かれた道具や作業手順を手がかりに、失われた技術の復元に取り組んでいます。まさに「絵で伝える技術書」だったのです。

複数制作された絵巻の謎

江戸幕府の調査と盛岡藩の対応

江戸時代後期、金沢金山の再開発への期待が高まりました。江戸幕府の役人が数度にわたって現地調査を行ったのは、金山の開発可能性を評価し、幕府として投資に値するかどうかを判断するためでした。盛岡藩にとって、この調査は金山開発プロジェクトを成功させる重要な機会だったのです。

幕府役人の調査を契機として、盛岡藩は金沢金山をはじめとする領内の金山開発に本格的に取り組むことになります。しかし、実際の開発には多くの困難が伴いました。良質な鉱脈を発見すること、必要な資金の確保、技術者の確保など、様々な課題が立ちはだかったのです。これらの困難は、盛岡藩士が記した日記にも詳しく記録されています。

開発資金獲得への戦略

金山開発には莫大な資金が必要でした。盛岡藩は江戸幕府から開発資金を獲得するため、様々な交渉を行う必要があったと考えられます。この交渉過程では、金山の価値や開発の見通しを具体的に示すことが求められたでしょう。文書だけでは伝わりにくい金山の規模や作業の様子を視覚的に示すため、詳細な絵巻が必要とされた可能性があります。

複数の絵巻が制作された背景には、このような実務的な必要性があったのかもしれません。幕府への報告のためか、藩内での計画を共有するためか。なぜ複数の絵巻が作られたのか、その具体的な使用目的は、今もなお研究者が探る興味深い謎となっています。

絵巻制作の背景を探る

今回の展示では、金山開発の実務を担った盛岡藩士の日記などから、絵巻制作の背景を探ろうとしています。これらの史料から、絵巻がどのような目的で、誰によって、いつ制作されたのかという謎に迫ることができるかもしれません。絵巻の詳細な分析と史料の検討を通じて、制作者や制作年代の特定が期待されます。

盛岡藩における金山開発の意味についても、今回の展示で明らかになることが期待されるでしょう。藩の財政状況や政治的な背景、江戸幕府との関係など、様々な要因が金山開発プロジェクトに影響を与えていたと考えられます。これらの要因を総合的に検討することで、なぜ金山開発が行われたのか、そしてなぜ詳細な絵巻が複数制作されたのかという疑問への答えが見つかるかもしれません。

ここがポイント!

江戸時代の土木工事や鉱山開発などの大規模プロジェクトでは、設計図・指図(さしず)・絵図・絵巻といった視覚資料が活用されていたことは史料から確認されています。河川改修では「川絵図」、鉱山では「金山絵巻」、建築では「普請絵図」が残っています。当時の絵図や絵巻は、実務資料・技術図面・記録・報告の性格を持っており、命令伝達や記録保持といった用途で活用されていたと考えられています。

開催情報

展示名 企画展「金山を開発せよ-「大槌金沢金山之図」制作に迫る-
主催 もりおか歴史文化館活性化グループ
会期 2025年8月9日(土)~2025年10月26日(日)
開館時間 9:00~19:00(入場受付は18:30まで)
観覧料 一般300円、高校生200円、小・中学生100円 ※団体(20人以上)は各2割引
盛岡市内在住で65歳以上の方、小・中学生のうち盛岡市在住・就学の方は無料
障がいをお持ちの方やその介護をなさる方(障がい者1人につき1人まで)は無料
会場 もりおか歴史文化館 2階企画展示室

金山・銀山・銅山・鉱山関連展示

全国には、日本の鉱山の歩みを学ぶことができる施設が多数あります。江戸時代から受け継がれた採掘や精錬の技術、日本の産業発展を支えた金銀銅山の物語を、実際の坑道や貴重な資料を通じて体感できます。今回の金沢金山展示と合わせて巡ることで、鉱山文化の歴史をより深く理解することができるでしょう。

2025年開催中の鉱山関連展示

施設名 展示名 会期 概要
史跡 佐渡金山 第1展示室、第2展示室 通年開催 「佐渡金山絵巻」に描かれた江戸時代の佐渡金山の仕事の様子を忠実に再現。
石見銀山世界遺産センター 第1展示室~第4展示室 通年開催 石見銀山が世界遺産に登録された「3つの価値」と、1996(平成8)年から進めてきた「石見銀山遺跡総合調査の成果」という、計4つのテーマから構成
生野銀山 坑道見学 通年開催 江戸時代採掘ゾーンから近代採掘ゾーンまでを紹介
足尾銅山観光 坑道観光・展示 通年開催 日本一の鉱都と呼ばれた足尾銅山の坑道をトロッコで見学。江戸時代から明治期の採掘技術を再現
足尾銅山記念館 第1室「鉱山にかけた男」~第8室「山を未来へ」 2025年8月8日一般公開開始 日本の近代産業の発展を支えた足尾銅山の歴史と、創業者・古河市兵衛の功績を紹介

「大槌金沢金山之図」の謎と江戸時代の鉱山技術のまとめ

  • 山金は鉱脈から採掘、砂金は川から採取する
  • 砂金の純度は80~90%程度と高い
  • 金の比重約19.3を利用した比重選鉱法
  • 鶴首で土砂を掘り起こし選別場所へ運搬
  • 汰板で土砂を揺らし砂金を底に沈める
  • ねこ流しで寝呉座に砂金を引っかける
  • 鉱山臼で山金の鉱石を微粉化処理
  • 12メートルの絵巻が採掘工程を詳細描写
  • 分業体制による組織的な金山運営
  • 江戸幕府役人が金山開発可能性を調査
  • 開発資金獲得のため詳細な絵巻が必要
  • 同様の絵巻が6点制作された謎