土岐市美濃陶磁歴史館が誇る名品と寺社に伝わる貴重な文化財が、岐阜県美術館で一堂に会します。古墳時代の須恵器から桃山時代の織部、そして現代作家の作品まで、約1400年にわたって土岐市で育まれた優れた造形美を辿る特別展が、令和7年8月23日から11月3日まで開催されます。重要文化財の元屋敷陶器窯跡出土品をはじめ、小山冨士夫や塚本快示といった名工の作品、そして地域の寺社に伝わる仏像や書画など約70件が展示される貴重な機会です。
- 織部焼は美濃焼の一種
- 織部焼の緑色の秘密
- 陶器と磁器の原料
- 陶器と磁器の見分け方
- 開催情報
- 2025年~2026年開催の陶器・磁器関連展示
織部焼と美濃焼の違いから見る陶芸の世界
織部焼は美濃焼の一種
今回の展示で注目されている「織部焼(おりべやき)」を理解するためには、まず「美濃焼(みのやき)」との関係を知ることが大切です。
美濃焼とは、岐阜県東濃地方(主に土岐市・多治見市・瑞浪市・可児市)で生産される陶磁器の総称です。その起源については諸説あり、古墳時代の須恵器(すえき)までさかのぼるという見方もあります。ただし、須恵器と現在の美濃焼との系譜が直接つながっているかどうかは、専門家の間でも意見が分かれています。
織部焼は、そうした美濃焼の中の一つの様式であり、桃山時代に特に盛んに作られました。個性的な形や大胆な絵付けが特徴で、現代でも高く評価されています。
織部焼の緑色の秘密
織部焼と聞いて、まず思い浮かぶのは、あの深い緑色ではないでしょうか。この美しい緑色は、「織部釉(おりべゆう)」と呼ばれる特別な釉薬(ゆうやく)によって生み出されています。
釉薬とは、陶器の表面にかけるガラス質の膜のことで、見た目の美しさを高めるだけでなく、水を通しにくくする役割もあります。釉薬にはさまざまな種類があり、材料や焼き方によって色や質感が大きく変わります。
織部焼に使われる織部釉は、「灰釉(かいゆう)」という釉薬をベースにしたものです。灰釉とは、木や草の灰を水に溶かして作った釉薬で、日本では古くから使われてきました。そこに酸化銅を加えることで、銅緑釉(どうりょくゆう)という釉薬ができ、これを酸素のある状態(酸化焼成)で焼くと、酸素と結合(酸化)して鮮やかな緑色に発色します。
このように、銅を使って焼き上げた緑色の釉薬は、織部焼の代名詞ともいえる存在となっていますが、織部焼は緑だけではありません。さまざまな色彩や技法を取り入れた多様なバリエーションが存在します。
- 青織部:器の一部に銅緑釉をかけたもので、最も一般的なタイプ。
- 総織部:器全体に銅緑釉をかけたもので、緑の美しさを全面に押し出した仕上がり。
- 織部黒:全体に黒釉(鉄分を多く含んだ釉薬)を施した重厚感のある作品。
- 赤織部:鉄分を含む赤土を用いた、温かみのある表情が特徴。
- 鳴海織部:白土と赤土を組み合わせ、色彩豊かに仕上げられたもので、特に優れた名品が多いとされます。
このように織部焼は、釉薬や土の使い分け、焼成技法を巧みに操ることで、多彩な表現を可能にした芸術性の高い陶器群なのです。
織部釉の緑色は、釉薬の流れやすい性質と、器面の起伏や釉溜まりによって濃淡が生まれ、表情豊かな仕上がりになります。釉薬が溝に溜まった部分は色が濃く、薄い部分との対比が織部焼独特の味わいを生み出しています。
陶器と磁器の違いを知って展示をより深く楽しむ
陶器と磁器の原料
本展で展示される作品を鑑賞する際、陶器と磁器の違いを理解しておくとより深く楽しめます。陶器と磁器の最大の違いは原料にあります。陶器は「土物」と呼ばれるように陶土という粘土が主原料で、ここに珪石(けいせき)や長石(ちょうせき)を混ぜて作られます。一方、磁器は「石物」と呼ばれ、陶石を粉砕した石粉が主原料となります。この原料の違いが、それぞれの特徴的な性質を生み出しているのです。
織部焼をはじめとする美濃焼の多くは陶器に分類されます。陶器は一般的に800~1200度前後で焼成され、完全に焼き固まらないため素地に小さな隙間が残り、吸水性を持ちます。この多孔質な構造により、陶器は保温性に優れ、熱い飲み物を注いでも手で持ちやすいという特徴があります。また、指で叩くと鈍い音がするのも陶器の特徴で、土本来の温かみのある風合いが魅力です。
陶器と磁器の見分け方
陶器と磁器は見た目や手触りで簡単に見分けることができます。陶器は厚手で光を通さず、表面にわずかなざらつきがあります。一方、磁器は薄手のものが多く、種類によっては光にかざすとわずかに透けて見えることがあり、表面は滑らかでガラスのような質感を持ちます。また、軽く叩いた時の音も異なり、陶器は「ゴン」という鈍い音、磁器は「キーン」という澄んだ金属音がします。
日常的には、陶器は和食器、磁器は洋食器として使われることが多く、陶器は保温性があるため土鍋や湯呑みに用いられ、磁器の薄さと強度はティーカップや洋皿に適しています。
一方で、磁器は吸水性がほとんどなく、陶器は吸水性が比較的高い傾向があります。このため、磁器は汚れが付きにくく手入れが簡単で、陶器は使用前に水に浸して目止めをすることで、汚れやにおいの付着を防ぐことができます。
高台(底の部分)を見ることで、陶器か磁器かの判別がしやすいとされています。陶器の高台はざらざらした土の質感、磁器の高台は滑らかで硬い感触が多いです。釉薬のかかっていない素地部分も質感の違いが分かります。
開催情報
展示名 | 古墳時代から織部、そして現代へ-土岐市美濃陶磁歴史館の名品と土岐市の寺社の文化財- |
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主催 | 岐阜県美術館、土岐市、(公財)土岐市文化振興事業団、中日新聞社 |
会期 | 令和7年8月23日(土)~11月3日(月・祝) |
開館時間 | 10:00~18:00(9月19日は20:00まで夜間開館) |
観覧料 | 一般 800円(700円)、大学生 600円(500円)、高校生以下無料 ※( )内は20名以上の団体料金 |
休館日 | 毎週月曜日(祝・休日の場合は翌平日) 10月14日(火)~17日(金)、10月22日(水)~23日(木)は休館 10月20日(月)は開館 |
陶器・磁器関連の注目展示
2025年は各地の美術館・博物館で陶器や磁器に関する展示が開催されています。古伊万里の色彩に焦点を当てた戸栗美術館の連続企画や現代陶芸を紹介する展示など、様々なテーマで陶磁器の魅力に触れることができます。土岐市の展示と合わせて巡ることで、日本の陶磁器文化の流れをより深く理解することができるでしょう。
2025年~2026年開催の陶器・磁器関連展示
施設名 | 展示名 | 会期 | 概要 |
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岐阜県現代陶芸美術館 | 伊藤慶二 祈・これから | 2025年6月28日~9月28日 | 岐阜県土岐市出身で90歳を迎える陶芸家・伊藤慶二の個展。「HIROSHIMA」「沈黙」などの代表シリーズと新作を展示 |
戸栗美術館 | 古伊万里カラーパレット―釉薬編― | 2025年7月11日~9月28日 | 江戸時代の伊万里焼の「色」を特集した夏秋連続企画。釉薬による装飾に注目し、多彩な色の表現を紹介 |
備前市美術館 | 備前の現代陶芸:至極の逸品 | 2025年7月12日~12月25日 | 備前市美術館開館記念展。人間国宝を含む気鋭の作家37名による約80点で備前焼の伝統と革新を紹介 |
泉屋博古館東京 | 巨匠ハインツ・ヴェルナーの描いた物語(メルヘン) | 2025年8月30日~11月3日 | 現代マイセンを代表するアーティスト、ハインツ・ヴェルナーの「アラビアンナイト」「サマーナイト」などの名作を紹介 |
戸栗美術館 | 古伊万里カラーパレット―絵具編― | 2025年10月10日~12月21日 | 古伊万里の色彩連続企画の後編。絵具による多様な色彩表現と技法の変遷を約80点で展示 |
菊池寛実記念智美術館 | 第11回菊池ビエンナーレ | 2025年12月13日~2026年3月22日 | 隔年開催の現代陶芸公募展。年齢・形態制限なしで選出された入選作約50点により「陶芸の現在」を映し出す展覧会 |
織部焼・陶磁器のまとめ
- 織部焼は美濃焼の中の一つの様式
- 美濃焼は岐阜県東濃地方で生産される陶磁器の総称
- 織部焼は桃山時代に特に盛んに作られた
- 織部釉の緑色は酸化銅を含む灰釉による
- 酸化焼成により銅が酸化して鮮やかな緑色に発色
- 青織部、総織部、織部黒など多様なバリエーション
- 鳴海織部は白土と赤土を組み合わせた優れた名品
- 陶器は陶土が主原料、磁器は陶石が主原料
- 陶器は800~1200度で焼成、吸水性を持つ
- 磁器は薄手で光を通し、表面は滑らかな質感
- 陶器は「ゴン」という鈍い音、磁器は澄んだ金属音