かつて「帽都(ぼうと)」と呼ばれるほど麦わら帽子づくりが盛んだった春日部市。その始まりは明治時代に農家の副業として普及した「麦稈真田(ばっかんさなだ)」編みにありました。この真田紐状の素材は、やがて海を越えて輸出され、日本の麦わら帽子産業の礎となったのです。現在開催中の企画展では、この知られざる歴史と、今なお受け継がれる職人技の世界を紐解いています。
- 武具の技術が農村に根づく
- 海を渡った日本の麦わら技術
- 冬の風物詩「寒干し」が物語る職人の技
- 開催情報
- 開催中・開催予定の関連展示
真田紐の技術から生まれた麦わら帽子
武具の技術が農村に根づく
麦わら帽子の素材である「麦稈真田」は、その名前が伝統的な組紐である「真田紐(さなだひも)」に由来するとされており、両者は共通する編み方を持っています。真田紐は、太い木綿糸を使って平たく厚く編まれた組紐で、古くから武具や道具を結束するために用いられてきました。
この真田紐の編み方が、のちに麦わらを使った工芸品に応用されることになります。麦の茎を漂白して平たくつぶし、真田紐と同じように編んだものが「麦稈真田」です。武具で使われていた技術が、農家の副業として新たな命を吹き込まれたのです。
春日部地域では、古利根川流域の肥沃な土地で米や麦の生産が盛んでした。農閑期に余った麦の茎を有効活用し、農家の女性たちが麦稈真田編みに取り組み始めたのが明治時代初期といわれています。麦茎を手で編む細かな作業は、農家にとって貴重な現金収入源となりました。
武具に使われていた組紐の技術が農村手工芸に応用された例は、技術伝承の多様性を示すものといえます。真田紐は現在でも和装小物や茶道具の紐などに利用されています。
海を渡った日本の麦わら技術
明治時代後期にドイツから帽子製造用のミシンが輸入されたことで、春日部の麦わら帽子産業は大きく発展しました。それまで麦稈真田として海外に輸出していた素材を、帽子として完成品にして販売できるようになったのです。
岡山県も麦稈真田の主要産地として知られていますが、春日部は東京に近い立地を活かし、麦わら帽子の生産地として発展しました。農村部では数えきれないほどの女性たちが麦稈真田編みに従事し、市内には何軒もの帽子製造所が軒を連ねました。この時代の繁栄ぶりから、春日部は「帽都(ぼうと)」という愛称で呼ばれるようになったのです。
現在では、春日部市の田中帽子店や岡山県笠岡市の石田製帽をはじめ、宮崎県の井上製帽所などが麦わら帽子の製造を続けています。田中帽子店は明治13年(1880年)の創業以来、伝統的な製法を守り続けており、春日部市の伝統工芸品としても知られています。
冬の風物詩「寒干し」が物語る職人の技
春日部の麦わら帽子づくりには、「寒干し」という独特の工程があります。来春に向けて秋から冬にかけて縫製される麦わら帽子は、材料を水に浸して柔らかくしてから縫製するため、縫い上がった帽子を天日干しする必要があります。特に冬の乾燥した時期に行われることから「寒干し」と呼ばれ、地面一面に並ぶ麦わら帽子は春日部市の季節の風物詩となっています。
職人は1本の麦わら真田を円状に重ねながら帽子の形に縫製していきます。帽体(かぶる部分)を作れるようになるには数年、ツバも含め全体を縫えるようになるにはさらに長い修業が必要といわれています。金型を使った型入れ作業も、デザインによってはクラウンとブリム、別々の木型を組み合わせ、1つ1つ手蒸しで成型する場合もある繊細な技術です。
麦わら帽子は天然素材の通気性により涼しく感じられ、重なった部分に生まれる伸縮性がかぶり心地の良さを生み出します。プレス成型とは異なる縫製による立体構造は、高度な職人技の結晶といえるでしょう。
開催情報
展示名 | 麦わらのかすかべ~帽都いま・むかし~ |
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主催 | 春日部市郷土資料館 |
会期 | 令和7年7月23日(水曜日)~9月7日(日曜日) |
会場 | 春日部市郷土資料館 企画展示室(春日部市粕壁東3-2-15 教育センター1階) |
入館料 | 無料 |
休館日 | 月曜日・祝日、8月12日(火曜日) |
関連イベント |
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関連する特産品・工芸品展示
全国各地で特産品や伝統工芸品を紹介する展示が開催されています。麦わら帽子をはじめとする地域の手工芸品に関心をお持ちの方にとって、これらの展示は日本の多様な職人技と地域文化を知る貴重な機会となるでしょう。
開催中・開催予定の関連展示
施設名 | 展示名 | 会期 | 概要 |
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致道博物館 | 日本が誇る人形文化をたどる | 2025年6月20日~8月18日 | 日本の人形研究の第一人者・吉德十世山田德兵衞が収集した貴重な人形コレクションを通じて、日本の人形文化の歴史と変遷を紹介 |
愛媛県総合科学博物館 | 常設展 - 産業館 | 通年開催 | 愛媛の地場産業・伝統産業を実物標本やレプリカ、可動模型により紹介。手すき和紙や伊予絣などの実演・体験コーナーも充実 |
いの町紙の博物館 | 和紙の歴史 展示室 | 通年開催 | 土佐和紙の歴史とその変遷を辿りながら、和紙の役割と製作工程を展示物を交えて紹介。紙漉き体験も可能 |
伝統工芸 青山スクエア | 伝統的工芸品公募作品展 優秀作品展 | 2025年12月19日~2026年1月8日 | 全国の伝統的工芸品の入賞作品を中心に展示。新設された統合展の優秀作品による特別展示 |
麦わら帽子と「麦稈真田」編みのまとめ
- 麦わら帽子の素材「麦稈真田」は真田紐の編み方に由来
- 真田紐は武具や道具の結束に使われていた伝統的な組紐
- 麦の茎を漂白して平たくつぶし真田紐と同様に編む技術
- 明治時代初期に春日部の農家女性が麦稈真田編みを開始
- 農閑期の副業として貴重な現金収入源となった
- 明治後期にドイツから帽子製造用ミシンが輸入される
- 素材輸出から完成品販売へと産業が大きく発展
- 東京に近い立地を活かし欧米向け輸出拠点として成長
- 繁栄により春日部は「帽都(ぼうと)」と呼ばれるように
- 現在は田中帽子店など数社が伝統製法を継承
- 冬の「寒干し」は春日部の季節の風物詩
- 職人技習得には数年以上の長期間の修業が必要
- 天然素材の通気性と縫製技術が優れたかぶり心地を実現