江戸時代の人々は、なぜこれほどまでに城を描き続けたのでしょうか。実在する城から架空の城まで、さらには既に廃城となった古い城まで、様々な城が絵図に残されています。兵庫県立歴史博物館の特別展「描かれたお城と城下町―築かれた城・理想の城・古城―」では、約30年ぶりに里帰りを果たす「姫路城図屏風」をはじめ、城絵図に込められた江戸時代の人々の想いと社会背景に迫ります。
- 正保城絵図が生まれた政治的背景
- 失われた軍事機密の行方
- 一国一城令で失われた城への想い
- 軍学の発達と理想の城づくり
- 開催情報
- 2025年開催中・開催予定の城関連展示
幕府が仕掛けた城絵図による統制システム
正保城絵図が生まれた政治的背景
江戸時代の城絵図を語る上で欠かせないのが、正保元年(1644年)に徳川家光期の幕府が諸大名に作成を命じた「正保城絵図(しょうほうしろえず)」です。城郭・城下町の詳細把握を通じて大名支配を安定させる軍事・行政上の情報収集政策(統制インフラ)の一環と考えられています。
元和元年(1615年)の「一国一城令」と同年条項を含む武家諸法度によって居城集中と修築許可制が徹底され、正保城絵図はその履行状況と城郭・城下町構造を標準化された様式で把握する統制・情報基盤として機能したと解釈されます。
幕府は作図・記載基準を通達し、石垣・土塁・堀の規模や天守階数・櫓・瓦塀/板塀区別、城下町の細街路に至る道筋長を間数で記すことを求め、完成図は紅葉山文庫(もみじやまぶんこ)に収蔵されました。
失われた軍事機密の行方
正保城絵図は城郭構造・石垣高・堀幅や水深等の軍事的詳細を含むため各藩にとって機密性が高く、幕府に157点前後が提出されたと推定されていますが、現在国立公文書館で確認できるのは63点のみとなっています。
多くの正保城絵図が失われた原因については諸説あり、慶応4年(1868年)の江戸開城やその後の混乱で散逸したとも言われています。幕末維新(戊辰戦争)期の動乱の中で、貴重な歴史資料が失われてしまった悲劇的な出来事でした。
現存する正保城絵図のうち、国立公文書館所蔵分などが昭和61年(1986年)に国の重要文化財に指定され、日本の城郭史研究にとって重要な史料となっています。
正保城絵図は各藩の城郭・城下町データを集約し大名領の実態把握と統制に資する情報管理制度として機能し、軍事・行政統治を情報面から支える仕組みの先行例と位置づけられます。
古城への郷愁と地域アイデンティティ
一国一城令で失われた城への想い
一国一城令と築城統制で現存城郭数は大幅に減少し(多くが廃城化)地域象徴の物的喪失が生じたが、これは後世の地誌編纂や古城図制作を通じた記録・顕彰意識(と解釈される動き)を促す一因になったと考えられます。
江戸時代中期以降、各地で地誌の編纂が盛んになると、古城に関する記録も積極的に収集されるようになりました。「淡路名所図会」などの名所図会では、既に廃城となった古城も重要な歴史的遺産として紹介されています。これらの記録は、地域の歴史を後世に伝える貴重な文化活動でした。
古城絵図の制作には、地域の歴史的記憶を保存したいという強い願いが込められています。城が物理的に存在しなくなっても、絵図という形で記録に残すことで、その土地の歴史と誇りを次世代に継承しようとしたのです。
軍学の発達と理想の城づくり
江戸時代は平和な時代でしたが、武士の教養として軍学・兵学が重要視されました。実戦経験のない武士たちは、理論的な軍事知識を学ぶ必要があったからです。この軍学の教材として、古城の絵図が活用されました。
軍学者や諸藩は廃城を含む各地城郭を比較・収集し築城・防御理論を整理し、浅野文庫「諸国古城之図」や松江歴史館所蔵「極秘諸国城図」中の「大坂 真田丸」「江戸始図」などが軍学的関心と情報集積の具体例とされています。
古城絵図の制作・収集には軍学的分析(築城・攻防理論の教材)と知的好奇心・身分的アイデンティティ維持の側面が併存したと解釈されています。
古城絵図は軍学的研究素材であると同時に(一部地域では)廃城の記録保存を通じ地域史認識を継承しようとする文化的行為として利用されたと考えられます。
開催情報
展示名 | 描かれたお城と城下町―築かれた城・理想の城・古城― |
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主催 | 兵庫県立歴史博物館、姫路市立城郭研究室(姫路市教育委員会)、神戸新聞社 |
会期 | 令和7年(2025)7月12日(土)~8月31日(日) |
開館時間 | 10:00~17:00(入館は16:30まで) |
観覧料 | 大人1200円(950円)、大学生950円(750円)、70歳以上600円(450円)、高校生以下無料 ※( )内は20人以上の団体料金 |
休館日 | 月曜日 ※ただし7月21日(月・祝)・8月11日(月・祝)は開館、7月22日(火)・8月12日(火)が休館 |
城と戦国時代関連展示
2025年は各地の博物館・美術館で城をテーマにした展示やイベントが開催されています。信長の安土城から最新の発掘調査成果まで、多角的な視点から城郭文化と戦国の世を体感できる貴重な機会が揃っています。本展と合わせて巡ることで、江戸時代の城絵図文化をより深く理解し、日本の城郭史の魅力を存分に味わうことができるでしょう。
2025年開催中・開催予定の城関連展示
施設名 | 展示名 | 会期 | 概要 |
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岐阜市歴史博物館 | 開館40周年記念特別展「岐阜城と織田信長―発掘成果から考える岐阜城の姿―」 | 2025年8月8日~10月13日 | 最新の発掘調査成果や山上部・山麓居館の出土品、岐阜城関連歴史資料から信長の居城・岐阜城の実像に迫る |
グランフロント大阪 | 第四回 大阪・お城フェス2025 | 2025年8月9日・10日 | 全国各地の歴史的に重要な城郭が出展し、お城好きや歴史ファンを盛り上げるイベント |
パシフィコ横浜ノース | お城EXPO 2025 | 2025年12月20日・21日 | 公益財団法人日本城郭協会等による共同主催の日本最大級イベントで最新研究成果や全国各地の城郭情報を発信予定 |
泰巖歴史美術館 | 常設展示「信長の生涯」 | 通年開催 | 安土城天主閣を原寸大で再現。信長・秀吉・家康など戦国武将の歴史史料を常設展示 |
江戸時代の城絵図文化のまとめ
- 正保城絵図は徳川家光期の大名統制システムの一環
- 城郭構造を標準化された様式で把握する情報基盤
- 石垣・堀の規模や道筋を間数で詳細記録を義務化
- 正保城絵図の現存は63点のみ
- 一国一城令で城の大幅減少が地域に影響
- 江戸中期以降の地誌編纂で古城記録が活発化
- 古城絵図は地域の歴史的記憶保存の役割
- 軍学発達で古城絵図が教材として活用
- 浅野文庫「諸国古城之図」
- 松江歴史館「極秘諸国城図」
- 軍学的研究と地域史継承の二面性を持つ