甘い香りが漂う茶室で、藩主が愛でた上品な茶菓子。町の菓子屋で庶民が楽しんだ素朴な駄菓子。時代を超えて人々の心を魅了してきた「甘味」には、盛岡の豊かな食文化と歴史が込められています。もりおか歴史文化館で開催中のテーマ展「甘味 -もりおか・お菓子の記憶-」では、江戸時代の南部家から現代まで続く盛岡の甘味文化を、貴重な収蔵資料を通して紐解きます。
- 徳川将軍家と武家茶道
- 江戸時代の砂糖事情と地方菓子
- 盛岡の代表的な菓子
- 展示が紡ぐ甘味の記憶
- 江戸時代・食文化関連展示
武家茶道とお菓子
徳川将軍家と武家茶道
江戸時代の武家社会では「大名茶」と呼ばれる独自の茶道文化が発展しました。古田織部が2代将軍徳川秀忠の、小堀遠州が3代将軍徳川家光の、片桐石州が4代将軍徳川家綱の茶道指南役を務め、武家茶道の基礎を築きました。これらの流派は織部流、遠州流、石州流として知られ、各大名家でもそれぞれ独自の流儀が発展していったのです。
茶の湯において季節の菓子は重要な要素であり、各藩では茶会に合わせた独自の菓子が生まれました。盛岡藩でもこうした茶の湯文化に根ざした菓子作りが発達したと考えられます。
豆銀糖(まめぎんとう)は江戸時代に盛岡藩で生まれたとされる伝統菓子で、当時特産の青豆を主原料にして、晒水飴(さらしみずあめ)・砂糖を加え、盛岡藩鋳造の「豆板銀」に似せて造られたそうです。
江戸時代の砂糖事情と地方菓子
江戸時代の砂糖は長崎港に入港した中国やオランダの貿易船によってもたらされ、大坂を経由して全国に流通していました。当時は非常に高価な輸入品だった砂糖が、遠く離れた盛岡の地でどのように菓子文化の発展に寄与したのでしょうか。
18世紀初め、薩摩藩の黒砂糖が大坂市場に登場し、18世紀末頃からは四国や中国地方で生産された国産の白砂糖も流通するようになりました。こうした砂糖流通の拡大に伴い、江戸から遠い地方の藩でも甘い菓子を作ることが次第に可能となったのです。
盛岡の「からめ餅」は、金鉱山での金脈発見を祝う「からめ踊り」に由来するとされています。「からめる」とは金・銀を精製する作業のことで、餅米にクルミを加えて砂糖をまぶした郷土菓子です。
江戸時代の菓子は現代のように大量生産されるものではなく、特別な日や茶会のために職人が丹精込めて作る贅沢品でした。一つ一つの菓子に込められた意味や由来を知ることで、当時の人々の暮らしや価値観が見えてきます。
現代に受け継がれる盛岡の甘味文化
盛岡の代表的な菓子
南部せんべいは岩手を代表する銘菓として知られています。豆銀糖、からめ餅、黄精飴(おうせいあめ)などは盛岡の郷土菓子として現在も作られており、お土産や地元の人々に親しまれています。
これらの菓子は盛岡市内の菓子店や手づくり村、駅ビル内の店舗などで購入することができ、盛岡の食文化の一部として観光客にも紹介されています。
展示が紡ぐ甘味の記憶
今回の展示では、もりおか歴史文化館が収蔵する貴重な資料を通して、盛岡の甘味文化の変遷を辿ることができます。江戸時代の文献から現代の菓子製造に関する資料まで、幅広い時代の「甘味の記憶」が展示されています。
展示では、日本における「菓子」という概念の歴史的変遷についても紹介されています。太古の時代には果実や木の実を「くだもの」と称していましたが、漢字文化の伝来により「果子」「菓子」という文字が使われるようになったとされています。こうした菓子文化の源流から現代に至る流れを、展示を通して学ぶことができるでしょう。
現代の私たちが何気なく楽しんでいる甘いものにも、実は長い歴史と文化的背景があることに気づかされます。それぞれの菓子に込められた思いや、職人たちの技術の積み重ねを知ることで、いつもの甘味がより特別に感じられるはずです。
この展示の魅力は、歴史を学ぶだけでなく、現在の盛岡を歩く楽しみが増すことです。展示で知った菓子の由来を思い出しながら、実際に老舗の店を訪れてみると、盛岡の街歩きがより豊かな体験になります。
展示名 | テーマ展「甘味 -もりおか・お菓子の記憶-」 |
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主催 | もりおか歴史文化館活性化グループ |
会期 | 2025年4月16日(水)~2025年7月14日(月) |
開館時間 | 9:00~19:00(入場受付は18:30まで) |
観覧料 | 一般300円、高校生200円、小・中学生100円 ※団体(20人以上)は各2割引 ※盛岡市内在住で65歳以上の方、小・中学生のうち盛岡市在住・就学の方は無料 ※障がいをお持ちの方やその介護をなさる方(障がい者1人につき1人まで)は無料 |
会場 | もりおか歴史文化館 2階歴史常設展示室・テーマ展示室 |
2025年度開催の関連展示
2025年は江戸文化への関心が高まる年となっており、全国各地の美術館・博物館で江戸時代の文化や食に関する展示が充実しています。NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」の放映に合わせ、江戸の出版文化や浮世絵を中心とした展示が多数開催されているほか、和食文化や江戸の暮らしに関する企画展も注目を集めています。これらの展示と合わせて観覧することで、盛岡の甘味文化をより広い視野で理解することができるでしょう。展示終了後も、図録などの関連資料を購入できる場合がありますので、興味のある方は各施設の公式WEBサイトをご確認ください。
江戸時代・食文化関連展示
施設名 | 展示名 | 会期 | 概要 |
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東京国立博物館 | 特別展「江戸☆大奥」 | 2025年7月19日~9月21日 | 江戸城大奥の女性たちの暮らしと文化を、衣装や調度品、茶道具などを通して紹介 |
京都文化博物館 | 特別展「和食~日本の自然、人々の知恵~」 | 2025年4月26日~7月6日 | ユネスコ無形文化遺産の和食を科学的・歴史的視点から紹介。江戸時代の料理も多数展示 |
江戸東京たてもの園 | 江戸東京博物館コレクション~江戸東京のくらしと食べ物~ | 2025年3月20日~6月15日 | 江戸庶民の食文化から西洋料理との融合まで、食文化の変遷を貴重な資料で紹介 |
東京国立博物館 | 特別展「蔦屋重三郎 コンテンツビジネスの風雲児」 | 2025年4月22日~6月15日 | 江戸の出版業者・蔦屋重三郎の活動を通して、浮世絵や版本など江戸文化の多彩な世界を紹介 |
愛知県美術館 | どうぶつ百景―江戸東京博物館コレクションより | 2025年4月11日~6月8日 | 江戸時代の人々と動物の関わりを美術作品・工芸作品で紹介。着物や装身具のデザインも展示 |
太田記念美術館 | 江戸メシ | 2025年1月4日~1月26日 | 江戸時代の寿司、蕎麦、天ぷらなど庶民の食文化を浮世絵約90点で紹介 |