平安時代、桓武天皇の皇子たちから始まった平氏一族。その中で常陸国(現在の茨城県)に根を下ろした「常陸平氏」が、今回の展示の主役です。平将門の乱で名を馳せた平将門、そして平家物語の主人公・平清盛にもつながる彼らの歴史を通して、知られざる常陸の中世史が明らかになります。佐竹氏や小田氏が台頭する以前から、この地域で力を持った常陸平氏の足跡を辿ります。
- 桓武平氏と常陸平氏の関係
- 常陸平氏と平将門の乱
- 出陳資料に見る常陸平氏の足跡
- まとめ - 常陸の中世を紐解く鍵
- 2024~2025年開催の展示
常陸平氏 ―将門・清盛につながる一族― 茨城県立歴史館で開催中
桓武平氏と常陸平氏の関係
桓武平氏は、その名の通り桓武天皇(在位781-806年)の子孫に発する氏族です。平安京を開いた桓武天皇には多くの皇子がいましたが、皇位を継承できるのは限られた一系統のみ。それ以外の皇子たちは、「臣籍降下」という制度により皇族の身分を離れ、「平」の姓を賜り、貴族として生きる道を選びました。
この桓武平氏の中で、特に重要とされるのが高望王の系統です。高望王は桓武天皇の孫(もしくは曾孫)にあたり、上総国に下向して地方豪族として力をつけていったとされています。高望王には複数の子がいたとされ、「平高望の七人の子」などと言われることもあります。その中に平将門の父がいたとされますが、将門の父については良将(よしまさ)とする史料(『将門記』など)が存在する一方、良持(よしもち)とする説もあり、諸説あります。
常陸平氏は、この高望王の子孫とされる人々が常陸国に定着し発展したものと考えられています。彼らは単一の一族というよりも、常陸国内の各地域に分かれて独自の勢力を形成していったようです。それぞれが地域と関わりながら、常陸の中世社会の形成に関わっていったと考えられています。
常陸平氏と平将門の乱
平将門の乱は、平安時代中期の939年(天慶2年)から940年(天慶3年)にかけて関東地方で起きた反乱です。将門は常陸平氏の有力者であり、関東の豪族間の争いから次第に中央政府に対抗する立場へと変わっていきました。
将門は常陸国を拠点に、下総国(現在の千葉県北部)、上総国(現在の千葉県南部)、安房国(現在の千葉県南端部)、武蔵国(現在の東京都・埼玉県・神奈川県の一部)など、広範囲に勢力を拡大しました。史料によれば、将門は自らを「新皇」と称し、独立的な政権樹立を宣言するに至りました。
この乱は中央から派遣された追討軍によって鎮圧され、将門は討ち取られましたが、東国における在地勢力の自立性を示す重要な歴史的事件となりました。将門の死後、彼を祀る神社が関東一円に建立され、関東地方を中心に、のちの時代には民衆の間で英雄として崇敬される傾向も見られました。
常陸平氏の歴史を語る上で、平将門の乱は欠かせない出来事です。この展示では、乱の背景となった常陸平氏の地域における基盤や、乱の後に常陸平氏がどのように展開していったのかも見ることができるでしょう。
出陳資料に見る常陸平氏の足跡
今回の展示で注目すべき資料の一つが、水戸市指定文化財の「六角宝幢形経筒(ろっかくほうどうがたきょうづつ)」です。この経筒には「常州府中 平慶幹」という銘があり、常陸平氏の一員である平慶幹の名が記されています。「常州」は常陸国の別称、「府中」は国府の所在地を指し、現在の水戸市付近にあたります。
経筒とは、お経を納めて地中に埋める経塚の中心的な遺物です。平安時代末期から鎌倉時代にかけて、末法思想の広がりとともに各地で経塚が造られました。この経筒からは、常陸平氏の中に仏教文化の担い手として活動した人々がいたことがうかがえます。
また、展示では常陸平氏が各地域でどのように活動していたかを示す資料も見ることができ、一部の常陸平氏は開発領主として新たな田畑を切り開いたり、寺社を支援したりするなど、地域社会との関わりを持っていたようです。
常陸平氏と同じ祖先をもつ一族が伊勢国(三重県)に移り、その後の伊勢平氏の発展につながり、平安時代後期には平清盛を輩出することになります。また、常陸に残った一族は、中世を通じて地域の有力者として存在し続けたと考えられています。実物資料を通じて常陸平氏の多様な展開の一端を感じ取ることができるでしょう。
まとめ - 常陸の中世を紐解く鍵
「常陸平氏」展は、一族の歴史にとどまらず、常陸国(現在の茨城県)の中世社会の形成過程を知る貴重な機会です。平将門の乱を経て、その後の東国社会に影響を与えた平氏の系譜を辿りながら、あまり知られていない東国の中世史に触れてみてはいかがでしょうか。
この展示では、桓武天皇の子孫から始まり、常陸国各地に根を下ろした平氏一族の多様な展開を見ることができます。彼らが地域社会とどのように関わり、どのような足跡を残したのか。六角宝幢形経筒をはじめとする出土品や古文書から、その実像に迫ることができるでしょう。また、常陸平氏の歴史は、後の伊勢平氏や平清盛へとつながる系譜の一部でもあり、平安時代から鎌倉時代への移行期における武家の勃興という日本史の大きな流れを理解する上でも重要な視点を提供してくれます。
令和7年の今年は、大阪・関西万博に合わせて関西地方を中心に多くの文化財展示が行われています。『常陸平氏』展は、そうした全国的な文化発信の流れの中で、地域に根ざした歴史を掘り下げることで、日本の歴史と文化の多様性と豊かさを再発見する機会となるでしょう。関連イベントの講演会も開催されますので、展示と合わせてぜひ参加してみてください。
平安時代、鎌倉時代の展示
2024~2025年開催の展示
施設名 | 展示名 | 会期 | 概要 |
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三井記念美術館 | 国宝 熊野御幸記と藤原定家の書 | 2025年12月6日〜2026年2月1日 | 平安・鎌倉時代の名筆、国宝「熊野御幸記」や藤原定家の書を一堂に展示。和歌文化の精髄に触れる。 |
静嘉堂文庫美術館 | よくわかる神仏と人物のフシギ | 2025年7月5日~9月23日 | 平安・鎌倉時代の仏画や肖像を中心に、神仏と人物が表されるときの約束事や背景にあるストーリーを紹介。 |
根津美術館 | 古筆切-わかちあう名筆の美- | 2024年12月21日~2025年2月9日 | 平安~鎌倉時代の古筆切を一堂に展示。重要文化財《高野切》など名筆の美を体感できる。 |
奈良国立博物館 | 春日若宮おん祭の信仰と美術 | 2024年12月7日~2025年1月13日 | 平安時代創始の春日若宮おん祭の歴史と祭礼、ならびに春日大社への信仰に関わる美術を紹介。 |
「常陸平氏 ―将門・清盛につながる一族」展・開催情報
- 展示名:常陸平氏 ―将門・清盛につながる一族―
- 会期:令和7年4月26日(土)~6月22日(日)
- 会場:茨城県立歴史館(茨城県水戸市緑町2-1-15)
- 開館時間:9時30分~17時00分(入館は16時30分まで)
- 休館日:月曜日(祝日の場合はその翌日)
- 入館料:一般390円(330円)/ 満70歳以上200円(170円)、高校生以下無料
- 関連イベント:「伊勢に行く者、常陸に残る者ー桓武平氏の選択ー」令和7年5月24日(土) 14:00~15:30
- 同時期開催:「[戦後80年]くらしの中にあった戦争」「一橋徳川家2世当主 徳川治済」