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2025.05.07

たばこと塩の博物館特別展「浮世絵でめぐる隅田川の名所」江戸の風情と水辺の文化

「浮世絵でめぐる隅田川の名所」展(会期:2025年4月26日~6月22日)は、東京・墨田区のたばこと塩の博物館で開催中の特別展です。本展では、江戸時代から明治にかけて浮世絵に描かれた隅田川周辺の名所に焦点を当て、同館所蔵の浮世絵約150点で当時の景観や背景を紹介しています。隅田川は江戸の人々にとって馴染み深い川で、周辺には浅草寺や木母寺などの古くからの寺社、四季折々の花見や納涼(避暑)を楽しめる名所が数多くあり、舟遊びや料亭での食事なども含め庶民の行楽地となっていました。展覧会では、こうした江戸の観光文化を象徴する名所絵の数々を通じて、江戸庶民が愛した隅田川の魅力を伝えています。

目次
  • 三部構成で巡る隅田川の名所と文化
  • 梅若丸の悲劇と木母寺
  • 本所七不思議ー江戸の都市伝説
  • 水害との闘い
  • 両国川開き花火
  • 2025年度開催の浮世絵展

たばこと塩の博物館特別展「浮世絵でめぐる隅田川の名所」江戸の風情と水辺の文化
隅田川

江戸の人々を魅了した隅田川 - 浮世絵の中の名所を訪ねて

三部構成で巡る隅田川の名所と文化

展示は三つのコーナーで構成されています。第一部「江戸の華 隅田川」では、桜や雪の美しい光景、西に富士山、北に筑波山が見える風景、遊船や物を運ぶ船が行き交う様子、都鳥が遊ぶ姿など、江戸時代の隅田川の風景が紹介されます。浅草寺、木母寺、墨堤、両国といった代表的な名所が取り上げられています。

第二部「広がる名所」では、古くから賑わっていた社寺に加え、江戸時代になって参詣者が急増した社寺、新たに開かれた花名所や名物料理で名を上げた料理屋なども紹介されます。三囲稲荷神社、梅屋敷、百花園などが取り上げられ、江戸の観光スポットとして進化していく様子が伝わってきます。

第三部「料理屋と仮宅」では、隅田川周辺の料理屋が食事を楽しむだけでなく、文化活動や交流の場としても利用されていた様子が紹介されます。19世紀になると浮世絵の主題としても頻繁に取り上げられるようになり、吉原遊廓が火災などで焼失した際には隅田川沿いの料理屋が仮宅営業の場として利用された様子なども描かれています。

本展では前後期合わせて約150点の浮世絵を通して、江戸の人々が親しんだ隅田川の魅力とその文化的背景を多角的に紹介しています。

隅田川をめぐる物語 - 展示から紐解く江戸の文化

梅若丸の悲劇と木母寺

隅田川には悲しい伝説も残されています。吉田少将惟房の遺児・梅若丸は、人買いにさらわれて隅田川のほとりで命を落としました。わずか12歳でした。憐れんだ高僧が亡骸を葬り、塚を築き、印として柳を植えました。一周忌の折、梅若丸を探す母が訪れ、そこに葬られているのが我が子と気付き、嘆き悲しんだ母が高僧に頼み、梅若丸の菩提を弔う寺を建立してもらったのが木母寺です。この梅若丸の伝説は謡曲「隅田川」の元となっています。

本所七不思議ー江戸の都市伝説

展示のコラムコーナーでは、本所七不思議についても触れられています。本所七不思議は、現在の墨田区エリアに江戸時代から伝わる奇談・怪談集です。江戸時代の典型的な都市伝説の一つとして、古くから落語などの噺のネタとして庶民の好奇心をくすぐり親しまれてきました。「七不思議」と呼ばれますが、実際には8種類以上のエピソードが存在し、選者や時代によって内容が異なることも特徴です。江戸には本所以外にも千住、馬喰町、深川、番町、麻布など、各地に七不思議伝説があります。

本所七不思議の中でも特に有名な「置行堀(おいてけぼり)」と「片葉ノ芦(かたはのあし)」の二話は、ほぼすべての伝承に共通して含まれています。「片葉ノ芦」は、美しい娘・お駒が恋心を抱いた男に殺され、その死体が投げ込まれた堀の周囲に生える葦が、片方にだけ葉をつけるようになったという悲しい伝説です。

展示では、他に「無燈蕎麦(あかりなしのそば)」「送提燈(おくりちょうちん)」「足洗邸(あしあらいやしき)」「狸囃子(たぬきばやし)」「送撃柝(おくりひょうしぎ)」の5話も紹介されていますが、これらは伝承によって内容が異なる場合があります。墨田区の大横川親水公園には、本所七不思議をモチーフにしたレリーフが設置されており、地域の文化遺産として今も大切に保存されています。

明治時代の浮世絵師・歌川国輝による本所七不思議を題材とした作品は、これらの怪談を視覚化した貴重な資料であり、当時の人々の想像力と恐怖心を映し出しています。展示では、これらの浮世絵を通して江戸の庶民文化における怪談の位置づけや、隅田川周辺の地域性を読み解くことができるでしょう。

水害との闘い

江戸時代初期、江戸の東部を流れる川の流れは複雑で、隅田川の東側はひと度降雨が続くと水害を被る地域でした。明治になってもその状況は変わらず、特に明治43年(1910)の水害では、向島一帯が冠水し、百花園や梅屋敷をはじめ、名所として知られた場所も大きな被害を被りました。展示では、明治期に水害の様子を描いた浮世絵も確認できます。

両国川開き花火

展示の第一部「江戸の華 隅田川」では、江戸の夏の風物詩として親しまれた両国川開き花火を描いた浮世絵が注目を集めています。本展では前期と後期で作品が入れ替わり、江戸の人々が楽しんだ花火の様子を様々な視点から味わうことができます。

享保18年(1733)5月28日、八代将軍徳川吉宗は前年の大飢饉・疫病で亡くなった人びとの慰霊と悪疫退散を祈り、水神祭とともに隅田川で花火を打ち上げさせました。これが「両国川開き花火」の起源で、花火師は鍵屋六代目弥兵衛でした。江戸の夏の風物詩は、慰霊と防災の行事としてスタートしたのです。

やがて鍵屋から暖簾分けした玉屋市兵衛が登場し「二大花火師の競演」が始まります。前期展示では歌川国丸の「両国納涼図」(文化期・1804~1818頃)が展示され、夜空に咲く花火の元には「玉」の文字が記された提灯が描かれ、玉屋の人気ぶりを今に伝えています。

後期展示では、多くの両国花火図を描いた歌川広重の作品が2点登場します。「東都両国遊船之図」(天保期・1830~1844頃)では、広がる花火と流れる花火が描かれ、橋の上の人々が足を止めて花火を見上げる様子が表現されています。また「都名所之内 両国花火之図」では、賑わう見世物小屋や茶屋を手前に配置し、花火と人々の様子を独自の構図で捉えています。

これらの浮世絵を通して、江戸の人々を魅了した夏の風物詩としての花火の華やかさと、歌川広重や歌川国丸といった浮世絵師たちの視点から捉えられた両国の賑わいを、展示では時代を超えて体感することができます。

浮世絵展

大河ドラマ「べらぼう」で江戸の出版界を牽引した蔦屋重三郎に脚光が当たる2025年は、全国各地の美術館・博物館で浮世絵の企画展が華やかに開催されています。北斎や広重が描いた江戸の名所絵から役者絵、美人画まで、多彩な浮世絵の世界を体験できる機会が増えており、隅田川の名所を紹介する本展と合わせて巡れば、江戸の庶民文化と美意識をより深く味わうことができるでしょう。

2025年度開催の浮世絵展

施設名 展示名 会期 概要
すみだ北斎美術館 北斎×プロデューサーズ 蔦屋重三郎から現代まで 2025年3月18日~5月25日 北斎と江戸の名プロデューサー蔦屋重三郎を軸に、絵師と版元の協業を紹介。前後期で作品替え。
東京国立博物館 平成館 特別展蔦屋重三郎 コンテンツビジネスの風雲児 2025年4月22日~6月15日 江戸のメディア王 蔦重の出版戦略と浮世絵制作の裏側を探る
上野の森美術館 五大浮世絵師展 歌麿 写楽 北斎 広重 国芳 2025年5月27日~7月6日 五大浮世絵師の代表作を中心に約140点を紹介
太田記念美術館 江戸メシ 2025年1月5日~1月26日 北斎・広重・国芳ら90点で寿司・天ぷらなど江戸食文化を浮世絵から味わう。
太田記念美術館 生誕190年記念 豊原国周 2025年2月1日~3月26日 幕末明治の人気絵師・国周の役者絵、美人画を中心に画業を総覧。
東急プラザ渋谷 HOKUSAI : ANOTHER STORY in TOKYO 2025年2月1日~6月1日 LED映像と触覚演出で『冨嶽三十六景』ほかを体感する没入型デジタル展。
国立歴史民俗博物館 時代を映す錦絵ー浮世絵師が描いた幕末・明治ー 2025年3月25日~5月6日 幕末・明治の戦争・流行・災害を錦絵で読み解き、情報メディアとしての役割に迫る。

「浮世絵でめぐる隅田川の名所」展・開催情報

たばこと塩の博物館の特別展は、前後期合わせて約150点の浮世絵を通して隅田川の社寺・花名所・料亭・怪談までを網羅します。今回ご紹介した両国花火や梅若伝説の作品も展示替えで登場予定です(作品リストは公式サイトをご確認ください)。

  • 展覧会名:「浮世絵でめぐる隅田川の名所
  • 会期:2025年4月26日(土)~6月22日(日)
  • 前期:4月26日(土)~5月25日(日)
  • 後期:5月27日(火)~6月22日(日)
  • 会場:たばこと塩の博物館 2階特別展示室
  • 開館時間:午前10時~午後5時(入館締切は午後4時30分)
  • 休館日:月曜日(ただし、5月5日は開館)、5月7日(水)
  • 入館料:大人・大学生 300円、小・中・高校生 100円、65歳以上 100円
  • 障がいのある方は、障がい者手帳(ミライロID可)などの提示で、本人と付き添いの方1名まで入館料無料