東京科学大学の研究グループは、セラミックス材料「Ba7Nb4MoO20」が水分を吸収すると電気伝導性が高まることを発見しました。私たちの身近にあるお皿や茶碗と同じ「セラミックス」が、実は燃料電池の材料としても注目されているのです。これまで水分は材料の性能を下げる要因と考えられてきましたが、今回の研究では逆に性能を高める働きをすることが明らかになりました。この発見は、クリーンエネルギー技術の新しい可能性を切り開く成果といえます。本記事では、セラミックスの基礎から最新の研究成果までを、わかりやすく解説していきます。
- セラミックスとは何か
- セラミックスの特徴と優れた性質
- 身の回りで使われているセラミックス製品
- 燃料電池で活躍するイオン伝導体セラミックス
- 既知の材料から新たな現象を発見
- 従来材料との決定的な違い
- 燃料電池の性能向上への期待
- 水素エネルギー社会への貢献
- 今後の研究展開と応用分野
- よくある質問
身の回りのセラミックス~燃料電池を支える材料科学の基礎~
セラミックスと聞くと、どんなイメージを思い浮かべますか?お皿や茶碗などの陶器を想像する人が多いかもしれませんが、実は最先端の燃料電池技術にも欠かせない重要な材料なんです。
セラミックスとは何か
セラミックスは、粘土や石英、長石などの天然鉱物を原料として、高温で焼き固めて作られる材料です。身近なところでは、お茶碗やお皿、タイルなどがセラミックスの代表例といえるでしょう。
しかし、現代のセラミックスは陶器にとどまりません。アルミナ(酸化アルミニウム)やジルコニア(酸化ジルコニウム)など、純度の高い化学物質を原料とする「ファインセラミックス」が開発され、電子機器から宇宙航空分野まで幅広く活用されています。
セラミックスの最大の特徴は、その多様性にあります。原料となる化学物質の組み合わせや製造方法を変えることで、電気を通したり通さなかったり、熱に強かったり、特定のイオンだけを通したりと、用途に応じてさまざまな性質を持たせることができるのです。
セラミックスの特徴と優れた性質
セラミックスが現代技術において欠かせない存在となっているのは、いくつかの優れた特徴を備えているからです。
まず挙げられるのが耐熱性です。金属が溶けてしまうような高温環境でも、セラミックスは安定した性質を保つことができます。また、化学的に安定しており、酸や塩基などの腐食性物質にも強い耐性を示します。
セラミックスは、一般的には電気を通さない絶縁体として知られていますが、特定の条件下では電気を通すようになったり、特定のイオンだけを選択的に通過させたりする性質を持つものもあり、応用の幅を広げています。
さらに、機械的強度にも優れており、硬くて摩耗に強いという特性があります。これらの特徴が組み合わさることで、過酷な環境で使用される高性能機器の材料として重宝されているのです。
身の回りで使われているセラミックス製品
私たちの日常生活を見回すと、思っている以上に多くのセラミックス製品に囲まれていることがわかります。
キッチン周りでは、セラミック包丁やセラミックヒーター、電子レンジのマグネトロンなどに使われています。セラミック包丁は金属製のものと比べて錆びにくく、切れ味が長持ちするという利点があります。
電子機器分野では、スマートフォンやパソコンの内部に多数のセラミック部品が使用されています。コンデンサー、抵抗器、基板など、電子回路の基本部品の多くがセラミックス製なのです。
自動車業界でも、エンジン部品や排ガス浄化装置、点火プラグなどにセラミックスが活用されています。高温環境で安定して動作する必要がある部品には、セラミックスの耐熱性が重宝されているのです。
医療分野では、人工歯や人工関節などにバイオセラミックスが使用されており、体内で長期間安全に使用できる材料として注目されています。
燃料電池で活躍するイオン伝導体セラミックス
燃料電池は、水素と酸素を化学反応させて直接電気を作り出す装置で、環境に優しい発電技術として注目されています。燃料電池の心臓部分には、「イオン伝導体」と呼ばれる特殊なセラミックスが使われています。
イオン伝導体セラミックスは、基本的には電子を通さず特定のイオンだけを通す性質を持っています(電子も併せて運ぶ混合伝導体が存在する場合もあります)。燃料電池では、酸化物イオンやプロトン(水素イオン)といったイオンが材料内部を移動することで、電気が発生する仕組みになっているのです。
しかし、従来のイオン伝導体セラミックスには課題もありました。高温(おおむね600〜1000℃程度)での動作が一般的で、システムの立ち上げに時間がかかったり、材料の劣化が進みやすかったりという問題がありました。
水を吸って電気が流れやすくなる!
既知の材料から新たな現象を発見
セラミックス材料「Ba7Nb4MoO20」について、東京科学大学の研究グループが、水分を吸収すると電気の流れが良くなる現象とその仕組みを解明しました。
これまでBa7Nb4MoO20は高いイオン伝導性を持つ材料として知られていましたが、水蒸気の影響については十分に解明されていませんでした。
多くの酸素空孔型の酸化物イオン伝導体では、水分が付着(=水和)すると電気の流れが悪くなったり、材料の性能が低下したりする例が一般的でした。そのため、これらの系では、水分を避けることが重要とされてきたのです。
研究グループの詳細な分析により、Ba7Nb4MoO20が水蒸気を吸収すると、内部の酸化物イオン(O2−)の動きが活発になり、電気伝導性が向上することが明らかになりました。
水蒸気が材料内部に取り込まれると、水分子の酸素原子が格子間サイト(結晶格子の隙間)に入り込み、「二量体」と呼ばれる特殊な構造を形成します。二量体が生成と消滅を繰り返すことで、酸化物イオンが高速で拡散できるようになるのです。
水分を「避けるべきもの」から「活用すべきもの」へと発想を転換させた点で、燃料電池材料開発のパラダイムシフトをもたらす発見です。
従来材料との決定的な違い
Ba7Nb4MoO20では水分が性能向上要因となるため、従来とは全く異なる設計思想での燃料電池開発が可能になります。水分を積極的に活用することで、より高効率な発電システムの実現が期待できるのです。
また、Ba7Nb4MoO20は六方ペロブスカイト関連酸化物という結晶構造を持っており、従来の材料とは結晶学的にも異なる特徴があります。独特な結晶構造が、水和による伝導促進効果を可能にしていると考えられています。
国際的な評価も高く、研究成果は材料化学の権威ある学術誌「Journal of Materials Chemistry A」において、特に優れた科学的意義・革新性・注目度が高い論文として「HOT Papers」に選定されています。世界の研究者がこの発見の重要性を認めていることを示している証拠といえるでしょう。
未来を拓くセラミックス技術~環境とエネルギーへの貢献~
燃料電池の性能向上への期待
Ba7Nb4MoO20で発見された「水和による電気伝導性の向上」は、燃料電池技術を一歩進める可能性を秘めています。
現在の固体酸化物形燃料電池(SOFC)は、700℃以上という高温で動作するため、システムの起動に時間がかかるのが課題です。しかし、Ba7Nb4MoO20では湿潤条件で酸化物イオン伝導が高まることが示されており、将来的には燃料電池の動作温度を下げる手がかりとなり得ます。
また、従来は燃料電池にとって管理が必要だった水分を、むしろ性能向上に活用できるという新しいアプローチが生まれる可能性もあります。
水素エネルギー社会への貢献
燃料電池は水素と酸素から電気を作り出し、副生成物として水しか生成しない発電技術です。この研究成果により燃料電池の性能が向上すれば、水素エネルギーの普及につながります。
水素エネルギーは、再生可能エネルギーで製造した水素を使うことで、カーボンフリーな電力供給の実現が期待されています。家庭用から産業用まで、様々な規模での脱炭素化に貢献する可能性があります。
また、水蒸気電解セル(電気分解で水素を製造する装置)にも同じ材料技術を応用できる可能性があり、水素の製造から利用まで一貫したシステムの効率化が期待されます。
水分による電気伝導性向上という新しい現象の発見により、燃料電池技術の改善とクリーンエネルギーの普及に寄与する可能性があります。
今後の研究展開と応用分野
研究グループは今後、水和とイオン拡散の関係をより詳しく調べ、さらに高性能なイオン伝導体の開発に取り組む予定です。酸化物イオンとプロトンの両方を効率よく運ぶ「デュアルイオン伝導体」の開発により、さらなる性能向上が期待できます。
今回の研究で得られた知見は、他の材料系にも応用できる可能性があります。異なる元素の組み合わせにより、用途に応じた最適な材料を設計できるかもしれません。
応用分野としては、燃料電池以外にも水蒸気電解セル、ガスセンサー、酸素透過膜などが考えられます。「水分が材料の性能を向上させる」という発見は、これまでとは異なる材料設計の考え方を提供しており、様々な電気化学デバイスの開発に新しい視点をもたらすでしょう。
よくある質問
Ba7Nb4MoO20を使った燃料電池は、いつ頃実用化されるのでしょうか?
現在は基礎研究の段階です。新しい材料特性の発見から、それを活用した製品の実用化までは長期の期間を要します。まずは材料の大量生産技術の確立、次に燃料電池システムの設計・開発、そして実証実験という段階を経る必要があります。研究用途での応用はより早期に始まる可能性があります。
水蒸気で性能が上がるなら、雨の日の方が燃料電池の調子が良くなるのですか?
実際の燃料電池は密閉されたシステムなので、外の天気は直接影響しません。Ba7Nb4MoO20が効果を発揮するのは、燃料電池内部で発生する水蒸気に対してです。燃料電池内では化学反応により水が生成されるため、その水分を性能向上に活用できるというのが今回の発見の意味です。
従来の燃料電池と比べて、どの程度性能が向上するのでしょうか?
具体的な数値での比較は、材料の最適化や燃料電池システムの設計によって変わります。ただし、今回の研究で重要なのは、湿潤条件で酸化物イオンの伝導性が向上することが原子レベルで解明された点です。これにより、従来よりも低い温度で効率よく動作する燃料電池の開発につながる可能性があります。
Ba7Nb4MoO20に含まれる元素は安全なのでしょうか?
Ba7Nb4MoO20は、バリウム、ニオブ、モリブデン、酸素から構成される酸化物セラミックスです。燃料電池の電解質として使用する場合は、密閉された環境内で使用されるため、通常の運用では外部への放出はありません。ただし、製造プロセスでの安全性や環境への影響については、実用化に向けてさらに詳しい評価が必要です。
燃料電池以外にはどのような用途が考えられますか?
水蒸気電解セル(電気分解で水素を製造する装置)が最も直接的な応用分野です。燃料電池とは逆の反応を利用するため、同じ材料技術を活用できます。その他にも、ガスセンサーや酸素分離膜といった用途も考えられます。水分による性能向上という特性は、これまでにない材料設計の考え方であり、様々な電気化学デバイスへの応用が期待されています。
セラミックスと燃料電池のまとめ
- セラミックスは粘土や石英を高温で焼き固めた材料
- ファインセラミックスは電子機器から宇宙分野まで活用
- セラミックスは耐熱性と化学的安定性に優れる
- 身の回りではセラミック包丁や電子部品に使用
- 燃料電池の素材としてイオン伝導体セラミックスが注目されている
- 従来のSOFCは高温動作が課題だった
- Ba7Nb4MoO20は以前から知られた材料
- 東京科学大学が水分で電気伝導性向上を発見
- 水分子が格子間に入り二量体を形成する
- 水分を避ける従来の考え方を転換
- 六方ペロブスカイト構造が特徴的
- 燃料電池の動作温度低下に貢献の可能性
- 水素エネルギー社会への貢献が期待される
- デュアルイオン伝導体開発に応用予定
- 実用化には長期間の研究開発が必要