暗号文は、文字や数字、記号などを一定の規則で変えて作られます。では、その規則を知らない人は、何を手掛かりに読み解くのでしょうか。暗号の種類によって方法は異なりますが、文字の出現回数や繰り返し、人名や地名などが解読の手掛かりになります。
2026年9月18日、AIエンジニアのカーター・チャーチ氏が、OpenAIのGPT-6 Astraを使って1809年に作られたナポレオン戦争期の暗号書簡を解読した事例を公表しました。AIはどのようにして解読したのでしょうか。ヴォイニッチ手稿や線文字Aなど、今も解読されていない資料まで読み解けるのでしょうか。暗号の作り方・種類・解き方から、AIによる歴史資料の解読まで順番に見ていきましょう。
- 暗号とは?まず知っておきたい基本の仕組み
- 暗号化・復号・解読・鍵は何が違うのか
- 暗号にはどんな種類があるのか
- 暗号はどうやって作るのか
- 文字を一定のルールでずらせば暗号になる
- 文字を別の文字や記号へ置き換える換字式暗号
- 同じ文字に複数の記号を使うと解読は難しくなる
- 暗号はどうやって解読するのか
- よく出てくる文字や記号の回数を調べる
- 人名・地名・決まり文句も暗号解読の手掛かりになる
- 解読候補を全文へ当てはめて矛盾がないか確かめる
- GPT-6 Astraはナポレオンの暗号をどう解読したのか
- 217年間まったく手掛かりがなかった暗号ではなかった
- AIは画像の読み取りから暗号解析、検証まで行った
- 「約6時間で解読」の6時間は何を意味するのか
- AIならヴォイニッチ手稿などの未解読文字も解けるのか
- ナポレオン暗号と未解読文字では手掛かりの量が違う
- ヴォイニッチ手稿は現在も解読されていない
- 線文字Aなどでは正解そのものを確かめることが難しい
- AIが進化すれば未解読文字はいずれ解けるのか
- AIが進化しても手掛かりが少なければ解読は難しい
- AIが「解いた」と誰が判断するのか

暗号とは?まず知っておきたい基本の仕組み
暗号化・復号・解読・鍵は何が違うのか
暗号は、読める情報を一定の規則で別の形へ変え、内容を知られにくくする仕組みです。元の文章は「平文」、変換された文章は「暗号文」と呼ばれます。
たとえば「ABC」を一定の規則で「DEF」に変えるとします。受け取った人がその規則を知っていれば、「DEF」から「ABC」へ戻せます。
米国立標準技術研究所(NIST)は、平文を暗号文へ変える処理を暗号化、暗号文を元の平文へ戻す処理を復号と定義しています。
暗号化や復号に使う情報が「鍵」です。先ほどのように文字を一定数ずらす暗号なら、「3文字ずらす」という場合の「3」が鍵にあたります。同じ暗号方式を使っていても、鍵が変われば暗号文も変わります。受け取った人は正しい鍵を使って元の文章へ戻します。
| 用語 | 意味 |
|---|---|
| 平文 | 暗号化する前の読める文章やデータ |
| 暗号文 | 一定の規則で変換された文章やデータ |
| 暗号化 | 平文を暗号文へ変えること |
| 復号 | 正しい鍵や規則を使って暗号文を元へ戻すこと |
| 暗号解読 | 最初から鍵を知らない状態で規則や内容を探ること |
| 鍵 | 暗号化や復号の方法を決める情報 |
暗号にはどんな種類があるのか
暗号にはさまざまな方式があります。歴史上使われてきた古典暗号では、文字を別の文字や記号へ変える方法や、文字の並び順を変える方法がよく使われました。
| 種類 | 基本的な仕組み |
|---|---|
| 換字式暗号 | 文字を別の文字や記号へ置き換える |
| 転置式暗号 | 文字そのものは変えず、並び順を入れ替える |
| 同音換字式暗号 | 1つの文字に複数の記号を割り当てる |
| 単語を記号化する方式 | 文字ではなく単語や語句全体を1つの記号へ変える |
暗号はどうやって作るのか
文字を一定のルールでずらせば暗号になる
暗号の基本は、元の文章へ一定の変換ルールを適用することです。古代ローマのカエサルにちなむシーザー暗号が、分かりやすい例でしょう。
アルファベットを3文字ずつ後ろへずらすルールなら、AはD、BはE、CはFに変わります。「CAT」なら「FDW」です。
受け取った人が「3文字ずらした」と知っていれば、反対方向へ3文字戻して元の文章を読めます。規則を知らない人は、どれだけずらしたのかを探さなければなりません。
シーザー暗号は、暗号の仕組みを理解するうえでは分かりやすい方式です。アルファベットなら試す候補が少なく、現代では強い暗号として使える方式ではありません。
文字を別の文字や記号へ置き換える換字式暗号
もう少し複雑にする方法が換字式暗号です。AはQ、BはM、CはZというように、元の文字ごとに別の文字や記号を割り当てます。
シーザー暗号のようにアルファベット全体を一定数ずらす方法よりも組み合わせは多くなります。このように1文字を1つの文字や記号へ置き換える方式では、同じ文字は暗号文でも同じ記号になるため、元の言語が持つ特徴が残るのです。
英語やフランス語では、よく使われる文字とあまり使われない文字があります。長い文章を暗号化すると、その差が暗号文にも「この記号だけ何度も登場する」といった偏りとして残ります。
暗号を複雑にしても、文章そのものが持つ特徴が残ることがあります。それが解読する側の手掛かりです。
同じ文字に複数の記号を使うと解読は難しくなる
頻繁に登場する文字へ複数の記号を割り当てれば、出現回数の偏りを小さくできます。この方式が同音換字式暗号です。
元の文章にEが多く登場する場合、Eを「17」「42」「△」「○」など複数の記号へ振り分ける仕組みです。暗号文だけを見た人には、これらが同じEを表していると分かりにくくなります。
今回解読されたナポレオン戦争期の書簡も、この同音換字式暗号でした。解読を行ったAIエンジニアのカーター・チャーチ氏によると、書簡は1,300の暗号単位で構成され、使われていた記号は155種類にのぼります。
さらに、解読によって一部の記号が1文字ではなく、フランス語の単語全体を表していたことも分かりました。文字の置き換えと単語の置き換えが混在していたため、各記号が何を表すのかを一つずつ推測するだけでは読み解きにくい構造でした。
暗号はどうやって解読するのか
よく出てくる文字や記号の回数を調べる
暗号を解く代表的な方法の一つが頻度分析です。
人間の言葉では、文字によって使われる頻度に差があります。文章が長くなるほど、よく使われる文字や文字の組み合わせが目立つようになるのです。
換字式暗号で、ある記号だけ何度も出てくるなら、その記号は元の言語で頻繁に使われる文字かもしれません。次によく出る記号、2文字や3文字で繰り返される並びなども、候補を絞る手掛かりです。
文章の長さや内容によって出現頻度は変わるため、頻度分析では複数の特徴を組み合わせて候補を検証していきます。
同音換字式暗号では、1つの文字を複数の記号へ分散して表すため、出現回数だけでは元の文字を推測しにくくなります。ナポレオン書簡が一般的な換字式暗号より解読しにくかった理由の一つです。
人名・地名・決まり文句も暗号解読の手掛かりになる
暗号解読では、暗号文の外にある情報も手掛かりです。
- 何語で書かれたのか
- 誰が誰に送った文書なのか
- いつ、どこで作られたのか
- どのような出来事について書かれたのか
- 人名や地名が入りそうな場所はあるか
- 同じ人物が書いた別の文書が残っているか
こうした情報も暗号解読に利用できます。
たとえば軍事命令なら、部隊名、地名、人数、指揮官名などが登場することがあります。文書の冒頭や末尾に定型的な表現が使われる場合もあるでしょう。
一部の文字や単語が分かれば、その前後から別の文字を推測できます。そこで得た候補をさらに別の場所へ当てはめ、少しずつ読める範囲を広げる流れです。
ナポレオン書簡には、この種の手掛かりが多く残されていました。元の言語がフランス語であることや、ナポレオン戦争期の軍事文書であること、送り手と受け手の関係などが分かっていたためです。
解読候補を全文へ当てはめて矛盾がないか確かめる
暗号の一部から意味の通る文章が出てきたら、次は解読候補が暗号文全体で成立するかの確認です。
暗号解読の基本的な流れ
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STEP 1
記号や文字の特徴を調べる 出現回数、繰り返し、並び方などを確認する
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STEP 2
元の文字や単語の候補を考える 言語、文書の種類、固有名詞なども手掛かりにする
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STEP 3
同じ規則を別の場所へ当てはめる 候補が暗号文全体でも成立するか調べる
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STEP 4
他の史料や歴史的事実と照合する 人物、年代、出来事などとの矛盾がないか確認する
ある記号をAと判断したなら、その記号が登場するすべての場所でAとして成立する必要があります。途中だけ意味が通り、ほかの場所で文章が崩れるなら、その仮説は見直しの対象です。
GPT-6 Astraはナポレオンの暗号をどう解読したのか
217年間まったく手掛かりがなかった暗号ではなかった
今回解読されたのは、ナポレオンの指示を受け、1809年にイタリア副王ウジェーヌ側からオーギュスト・ド・マルモン将軍へ送られたとみられる軍事書簡です。
暗号文は1969年にフランスの軍事史誌へ画像として掲載されています。鍵そのものは失われ、全文は長い間、読めない状態でした。
解読には、すでに分かっていた手掛かりがありました。
フランスの暗号史研究者ダニエル・タント氏による過去の研究で、33個の記号について、対応する文字がすでに判明していました。チャーチ氏によると、この33個の対応だけで1,300の暗号単位のうち435単位、約33%に相当します。
さらに、暗号文の14行目には「CONSEQUENT」という10文字が通常のアルファベットでそのまま書かれており、解析では既知の情報として扱われました。33個の記号の対応と、平文のまま残された部分が解析の出発点です。
残る865単位、約67%の読み方を、書簡そのものやフランス語の特徴などから探していったことになります。
元の言語がフランス語であることも分かっていました。関連するナポレオン時代の文書が多数残り、文書が作られた歴史的状況も研究されています。
AIは画像の読み取りから暗号解析、検証まで行った
今回の事例では、GPT-6 Astraが解読に必要な複数の作業を連続して処理しました。
チャーチ氏が使った資料は、1,202×1,836ピクセルのスキャン画像1枚です。文字起こし済みのデータは用意されていませんでした。
Astraは画像を行ごとに分け、手書き記号を読み取り、形が少し違っていても同じ記号と考えられるものを整理しました。そのうえで、すでに分かっている33個の文字値を固定し、残りの記号の意味を探っています。
解読では、19世紀フランス語の文字の並び方を参考にした統計モデルと、候補を少しずつ変えながらより適切な組み合わせを探す「焼きなまし法」と呼ばれる最適化手法も使われました。
途中で、すべての記号がアルファベット1文字を表しているわけではないことも分かりました。解読結果には、単語全体を表す記号も含まれています。
記号と文字の新しい対応候補が見つかると、同じ記号が原画像の別の場所でもその読み方で成立するかを確認しました。画像認識、文字起こし、統計処理、暗号解析、原画像との照合が一つの作業の流れに組み込まれています。
解読後も、155種類の記号のうち5種類には複数の読みの候補が残りました。チャーチ氏の復元した鍵には「Sa Majesté」か「l'Empereur」、「de」か「dans」といった違いがあります。いずれの候補でも書簡全体の意味は変わらないというのが、チャーチ氏の説明です。
「約6時間で解読」の6時間は何を意味するのか
チャーチ氏によると、今回の解読でGPT-6 Astraを動かした時間は約6時間で、チャーチ氏自身の作業は数晩に及びました。
実際には、人間が問題を設定し、AIに複数の作業を進めさせ、その結果を検証するという進め方でした。
歴史暗号サイトCryptianaでは、この書簡は現在「Solved」として掲載されています。
AIならヴォイニッチ手稿などの未解読文字も解けるのか
ナポレオン暗号と未解読文字では手掛かりの量が違う
ナポレオンの暗号が解けたなら、AIへ世界中の未解読文字を渡せば次々と読めるようになるのでしょうか。
解読の難しさには、「暗号」と「未知の文字体系」の違いが大きく影響します。
ナポレオン書簡では、その記号の下にフランス語の文章があることが分かっていました。暗号であること、文書の時代、一部の文字値も既知でした。
古代の未解読文字では、条件が大きく異なる場合があります。
- どの言語を書いたものなのか分からない
- 記号が音・文字・単語のどれを表すのか分からない
- どちらの方向から読むのか分からない
- 文章量が少なく、統計を取りにくい
2024年に学術誌Computational Linguisticsへ掲載された古代文字の計算機解読に関するレビューでは、言語と文字体系の両方が既知のケースから、両方とも未知のケースまで分類しています。言語と文字体系の両方が未知のケースは、解読条件が特に厳しいと言えます。
同論文では、古代文字の研究で利用できるデータ量の少なさや、データ形式が統一されていないことも課題として挙げられています。
ヴォイニッチ手稿はAIでもまだ解読されていない
AIによる解読が期待される有名な資料の一つが、イェール大学バイネッキ図書館に所蔵されているヴォイニッチ手稿です。
植物のような図、天文学や占星術を思わせる図、入浴する人物などが描かれていますが、本文に使われている文字体系は現在も特定されていません。
所蔵館のイェール大学は、暗号学的な方法でも本文の解読には至っておらず、そもそも暗号化された文章なのかという点も確定していないと説明しています。
ナポレオン書簡のように「フランス語を特殊な記号へ変えた文書」と最初から分かっているケースとは出発点が違います。
線文字Aなどでは正解そのものを確かめることが難しい
もう一つ分かりやすい例が、紀元前2千年紀にクレタ島を中心に使われた線文字Aです。
線文字Aは、音節を表す記号と、物や数量などを表す記号を組み合わせた文字体系と考えられています。文字資料そのものは残っていますが、線文字Aで書かれたミノア語の理解が十分に進んでおらず、現在も解読されていません。
ケンブリッジ大学の研究資料によると、残された文書には短く定型的なものが多く、資料数も限られています。地名、人名、品物の名前など一部について推測できても、言語全体を理解するには材料が足りません。
このような資料にAIを使う場合、規則性を探したり、既知の文字体系との共通点を比較したり、関連しそうな言語を絞ったりする作業には活用できます。
AIが一つの翻訳候補を示しても、その翻訳全体が正しいかを直接照合できる正解文はありません。古代文字の計算機研究では、完全な翻訳よりも、関連語の検出、近い言語の推定、統計的特徴の分析など、解読につながる情報を探す研究も行われています。
AIが進化すれば未解読文字はいずれ解けるのか
AIが進化しても手掛かりが少なければ解読は難しい
ナポレオン書簡の解読を最初に聞いた時、「AIがここまでできるなら、ヴォイニッチ手稿などの未解読文字もいずれ解けるのではないか」と考えました。
AIの性能が上がれば、その可能性は高まると思います。人間では試しきれない大量の組み合わせを比較し、複数の言語や文字体系を横断して似た特徴を探せるからです。
今回の事例を詳しく調べると、AIの性能だけでは解決できない問題も見えてきました。
ナポレオン書簡には、元の言語や一部の文字値、文書が作られた時代など、解読に使える手掛かりが残されていました。AIはそれらを使って、まだ分かっていない記号の読み方を絞っています。
何語なのか分からず、資料も数十文字しかなく、比較できる文書もない文字体系では、AIが高性能になっても候補を絞る材料が足りません。複数の読み方を示せても、その中からどれが正しいのか決められない状態が残る可能性があります。
一方で、現在のAIでは見つけられない規則を、将来のAIが発見する可能性はあります。人間が想定していなかった言語との共通点を、大量の言語資料との比較から見つけ出すことも考えられます。
AIが「解いた」と誰が判断するのか
もう一つ気になるのは、AIが未知の文字から自然な翻訳文を出したとき、誰が「解読に成功した」と判断するのかという問題です。
AIが文法らしい規則を発見し、文章全体を一貫して読めるようになれば、それ自体が大きな研究成果だという考え方はあるでしょう。
古代の未解読文字では、正解となる文章を知っている人がいません。AIが作った読み方を別の資料にも適用できるのか、考古学的な状況と一致するのか、既知の人名や地名と結び付くのかといった外部の証拠が必要です。
今回のナポレオン書簡では、解読で提案された記号の値を原画像の各出現箇所に当てはめ、同じ読み方が成立するか確認しています。元の言語や歴史的背景も分かっているため、復元された文章が当時の状況と合うかも検証できます。
未解読文字では、この確認作業そのものが難しい作業です。
AIが大量の仮説を作れるようになるほど、人間には「答えを作る」ことより「その答えを証明する」役割が強く求められるようになるでしょう。
AIが有力な読み方を探し、歴史学、言語学、考古学の研究者が別の資料や出土状況から検証し、さらに別の研究者が同じ方法を使って同じ結果を再現できるかを確かめる。その積み重ねによって、AIが提示した仮説が歴史研究の成果へ変わっていくのではないでしょうか。
今後、AIが未解読文字を解いたというニュースが出たときには、「何と翻訳されたのか」と同じくらい、「なぜその読み方が正しいと言えるのか」を確認したいと思います。
暗号解読とAIまとめ
- 暗号化は平文を暗号文へ変える処理
- 復号は鍵を使って元の情報へ戻す処理
- 暗号解読は鍵なしで規則を探る作業
- 換字式暗号は文字を別の記号へ置き換える
- 頻度分析は文字の出現回数を手掛かりにする
- 人名や地名、時代背景も解読に利用できる
- ナポレオン書簡は同音換字式暗号だった
- 33個の文字値と平文が手掛かりになった
- 約6時間はAstraのモデル実行時間
- 5種類の記号には読みの候補が残る
- Cryptianaでは解決済みとして掲載
- ヴォイニッチ手稿は現在も未解読
- 線文字Aは資料量や言語の理解が課題
- AIの解読結果には外部からの検証も関わる

