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2025.05.14

検閲をすり抜ける新技術ーLLMが実現する"見えない"暗号通信の可能性

ノルウェー科学技術大学などの研究チームが開発した「EmbedderLLM」フレームワークが注目を集めています。この技術は、普通のチャット会話に見えるテキストの中に秘密のメッセージを隠すことができ、監視が厳しい環境下でも安全な通信を可能にします。SNSなどの公開チャネルを通じて秘密裏に情報をやりとりできる可能性を開くものです。

目次
  • ステガノグラフィーの現代的応用
  • 言論の自由を守る技術の両面性
  • 暗号化技術の新たな展開

検閲をすり抜ける新技術ーLLMが実現する"見えない"暗号通信の可能性

一見普通のチャット会話に"秘密のメッセージ"を隠すAI技術

An LLM Framework For Cryptography Over Chat Channels」と題した論文で発表されたEmbedderLLMフレームワークの核心は、大規模言語モデル(LLM)を使い、生成したテキスト内の特定位置に暗号化されたメッセージを組み込むアルゴリズムにあります。これにより、一見すると普通の会話に見えるテキストを通じて、秘密のメッセージを伝えることが可能になりました。

ステガノグラフィーの現代的応用

EmbedderLLMが実現している技術は、情報セキュリティの分野で「ステガノグラフィー」と呼ばれる手法の現代的応用です。ステガノグラフィーとは、秘密のメッセージを別の無害なメディアの中に隠す技術です。情報隠蔽の基本的発想は古代から存在したことが伺えますが、現代では画像や音声ファイルなどデジタルメディアの中にデータを埋め込むLSB(最下位ビット)ステガノグラフィーなどがよく知られています。

デジタル時代のステガノグラフィーでは、画像や音声ファイルの中にわずかな変化を加えてメッセージを隠す方法が一般的です。EmbedderLLMはこの考え方をテキストに応用し、AIによって自然な文章を生成することで、一般的なチャット会話の中に情報を隠す新しい可能性を開きました。

言論の自由を守る技術の両面性

EmbedderLLMのような技術は、特に言論の自由が制限されている国や地域で重要な役割を果たす可能性があります。例えばジャーナリストやアクティビストがSNSや公開メディアを介して情報を共有する際に、当局の監視や検閲を回避するツールとして機能することが考えられます。実際、インターネット検閲の厳しい国々では、暗号化通信やVPNなどの技術が情報共有のライフラインとなっていることがわかっています。

しかし、このような技術には両面性も存在します。プライバシー保護や情報の自由な流通という肯定的な側面がある一方で、違法活動に利用される危険性についても指摘されています。技術自体は中立であり、その利用方法によって社会的な影響が変わるため、EU人工知能法(2024)などでも倫理的な議論と規制の重要性が強調されています。同法は高リスクAIに透明性と人権保護を求めており、生成AIが隠しメッセージを使う場合も規制の対象になり得ると専門家は指摘しています。

暗号化技術の新たな展開

EmbedderLLMの特筆すべき点は、特定の暗号アルゴリズムに依存しない設計となっており、将来的に量子耐性を持つ新たな暗号アルゴリズムへの移行が可能である点です。量子コンピュータの実用化が進むと、現在広く使われている暗号方式の多くが解読される可能性があるとされています。そのため、「耐量子暗号」と呼ばれる新しい暗号技術の開発が世界中で進められています。

EmbedderLLMが採用している楕円曲線ディフィー・ヘルマン鍵共有(ECDHE)は、現在のインターネット通信で広く使われている技術ですが、量子コンピュータによって解読されるリスクがあります。論文では「量子コンピュータ時代の前後を問わず使用できるよう設計されている」と述べられていますが、将来的に耐量子暗号への対応がどのように進められるかについての詳細は明確にされていません。現在の設計が量子コンピュータ時代にもどのように適応していくかは、今後の研究開発の課題となるでしょう。

ここがポイント!

EmbedderLLMの最大の特徴は、監視システムや人間の検閲者にも気づかれにくい点です。暗号化されたメッセージが埋め込まれていても、人間が書いたような自然なテキストに見えるため、検閲を回避できる可能性があります。この「自然さ」こそが、従来のステガノグラフィー技術とは一線を画す革新的なアプローチと言えるでしょう。

よくある質問

Q

ステガノグラフィーと暗号化の違いは何ですか?

A

暗号化は「メッセージの内容を秘密にする」技術であり、暗号化されたメッセージは存在自体が明らかですが読めません。一方、ステガノグラフィーは「メッセージの存在自体を隠す」技術です。例えるなら、暗号化は金庫に文書を入れて鍵をかけること、ステガノグラフィーは通常の本の特定の文字を使って秘密のメッセージを形成し、その本自体は普通の本に見えるようにする技術とも例えられます。

Q

EmbedderLLMは個人でも使えるのでしょうか?

A

論文の発表段階では研究プロジェクトとしての位置づけであり、一般向けの実用ツールとしては公開されていません。ただし、研究チームはさまざまなローカルLLMモデルを使用できるように設計されていると説明しており、将来的には個人でも使えるツールとして発展する可能性があります。今後のオープンソース化や応用開発に注目する価値があるでしょう。

Q

AIによるステガノグラフィーは従来の方法と比べて何が優れているのですか?

A

最大の利点は「自然さ」です。従来のデジタルステガノグラフィーでは画像や音声を少し変更するため、専用の解析ツールで検出される可能性がありました。AIを活用したEmbedderLLMでは、人間が書いたかのような自然な文章を生成できるため、一般的なチャットと区別するのが非常に難しくなります。さらに、量子コンピュータ時代も視野に入れた設計である点も、未来に向けた優位性と言えるでしょう。

Q

この技術は違法行為に使われる危険性はないのでしょうか?

A

本文の「言論の自由を守る技術の両面性」でも触れていますが、残念ながらその危険性は否定できません。どんな暗号・秘密通信技術も、正当な目的(プライバシー保護や検閲回避)と不正な目的(違法活動の隠蔽)の両方に使われる可能性があります。技術自体は中立であり、社会としてどう規制・管理していくかという倫理的議論が必要です。研究者たちもこうした両面性を認識した上で開発を進めています。

Q

量子コンピュータが実用化されると現在の暗号はすべて無効になるのですか?

A

すべての暗号が無効になるわけではありませんが、現在広く使われている公開鍵暗号(RSAや楕円曲線暗号など)は解読される危険性が高まります。一方、共通鍵暗号(AESなど)は、鍵長を十分に長くすれば量子コンピュータでも解読が難しいとされています。このため世界中で「耐量子暗号」と呼ばれる新たな暗号技術の開発が進められており、暗号技術は量子コンピュータ時代に備えて進化を続けています。

LLMが実現する"見えない"暗号通信の可能性のまとめ

  • LLMを使って普通の会話に見える形で秘密通信
  • 頻出アルファベットに暗号文を変換して埋め込む
  • 文字は互いに約32文字以上離れるよう設計
  • さまざまなローカルLLMモデルで利用可能
  • 量子コンピュータ時代の前後でも使用可能と説明
  • 対称鍵暗号と公開鍵暗号の両方に対応
  • ステガノグラフィーの現代的応用技術
  • 言論の自由を守る可能性を持つ
  • 技術の両面性で倫理的な議論も必要