2025年の骨太方針に明記された「短時間正社員」という新しい働き方が注目を集めています。フルタイム勤務が前提だった正社員の概念を覆し、週40時間という従来の労働時間の常識に疑問を投げかける制度です。育児や介護支援の枠を超え、多様な人材を正社員として活用する雇用形態として期待されています。
- 短時間正社員制度の概要
- 柔軟な労働時間
- 短時間正社員とパートとの違い
- 短時間正社員の給料と社会保険
- 短時間正社員制度の浸透
- 優秀な人材の確保
- 離職防止の効果
- フルタイム社員との不公平感対策
- 人件費増加への対応
- よくある質問
短時間正社員とは?最低労働時間、給料はどうなるの
短時間正社員制度の概要
短時間正社員制度とは、正社員としての安定した雇用や待遇を保ちながら、労働時間を短く設定できる制度です。賞与や昇給、社会保険など、正社員と同様の権利を持ちながら、個人の事情に合わせて柔軟に働ける点が特徴です。
この制度は、次のような人に特にメリットがあります。
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子育て・介護中の人
- 保育園や介護の予定に合わせて働けるため、家庭との両立がしやすい。
- フルタイム勤務が難しくても、安定した正社員待遇を得られる。
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健康上の理由で長時間勤務ができない人
- 持病や障害があっても、無理なく働ける時間で正社員として雇用される安心感がある。
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専門スキルを持つ人
- 高度なスキルや資格を活かし、短時間でも成果を発揮できる。
- 企業にとっても即戦力を効率的に確保できるため、双方にメリットがある。
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ワークライフバランスを重視する人
- 趣味・学習・ボランティアなど、仕事以外の活動との両立が可能。
- 安定した雇用と自由な時間の両方を手にできる。
柔軟な労働時間
短時間正社員制度の特徴の一つに、最低労働時間に法的な制限がないことが挙げられます。労働基準法では労働時間の上限(週40時間、1日8時間)は明確に定められていますが、下限については規定がありません。つまり、企業の就業規則で定めれば、週20時間でも15時間でも、場合によっては10時間程度でも短時間正社員として雇用することが可能です。
実際に、一部の企業では週20時間前後の短時間正社員制度を導入しており、従来のパートタイム労働とは異なる働き方を提供しています。ただし、社会保険の加入要件を満たすには週20時間以上の勤務が必要となるため、実務上は週20時間が一つの目安となっています。こうした柔軟性により、副業や育児・介護、学業との両立など、多様なライフスタイルに合わせた働き方が可能となっています。
短時間正社員には最低労働時間の法的制限がないため、従来の雇用形態と比べても高い自由度を持っています。企業と労働者が合意すれば、柔軟な労働時間の設定が可能となり、多様な働き方を実現できる制度といえます。
短時間正社員とパートとの違い
短時間正社員とパートの最も大きな違いは、「正社員としての待遇があるかどうか」です。
短時間正社員は、勤務時間が短いことを除けば、基本的にフルタイムの正社員と同じような待遇を受けます。多くの場合、「無期労働契約(期間の定めがない契約)」で雇用され、雇用の安定性が高い働き方です。
一方で、パートは働き方のスタイルが多様であり、必ずしも正社員に準じた待遇を受けられるとは限りません。中には、6か月や1年など期間が決まっている「有期労働契約」で働く人もおり、短時間正社員に比べると雇用の安定性が低いケースもあります。
また、パートは業務内容が限定されていたり、短期間の採用であることが多く、昇進や人事評価の対象外になることもあります(※この点は企業によって異なります)。
短時間正社員の給料と社会保険
給料の計算方法はパートと根本的に異なります。パートは基本的に時給制で、働いた時間分だけ給料が支払われます。しかし短時間正社員は月給制が基本で、フルタイム正社員の給料を労働時間に応じて調整した金額が支払われます。厚生労働省のマニュアルでは「同じ仕事内容を担当するフルタイム正社員への支給額をもとに、労働時間に比例して減額することを検討する」と示されており、時給計算とは根本的に違う考え方です。
賞与についても、時間当たりの算定方法等をフルタイム正社員と同等にすることが求められ、基本給や勤務時間に応じて支給額を調整します。パートの場合、賞与がない企業も多いですが、短時間正社員は正社員と同等の処遇を受けられる点が魅力的です。
社会保険の適用は「短時間正社員」という名称ではなく、所定労働時間や賃金、雇用見込み、学生でないことなど、具体的な要件をもとに判断されます。現在(2024年10月以降)、厚生年金保険の被保険者数が51人以上の事業所では、週20時間以上、月額8.8万円以上、2ヶ月を超える雇用見込みがあり、学生でない短時間労働者が社会保険の適用対象となっています。一方で、従業員数50人以下の事業所でも、労使合意により任意で制度を適用することができます。
短時間正社員制度の浸透
厚生労働省の「令和5年度雇用均等基本調査(事業所調査)」によると、短時間正社員制度を導入している(制度が就業規則等で明文化されている)事業所は全体の17.0%にとどまっています。そのうち、令和4年10月1日から令和5年9月30日までの1年間で、実際に制度を利用した人が1人以上いた事業所の割合は34.8%でした。つまり、制度を導入していても実際には利用者が出ていない事業所も少なくないということです。
さらに、制度が整備されている事業所で働く労働者全体の中で、実際に短時間正社員制度を利用した人の割合はわずか3.2%にとどまっています。対象者全体で見ると利用者はごく一部に限られるため、制度の浸透はまだ途上にあるといえます。
一方で、利用者の多くは女性であり、この制度は育児支援だけでなく、女性が継続的にキャリアを築いていくための重要な仕組みとしても機能していることが分かります。
企業が短時間正社員制度を導入するメリット
「人件費が増えるだけでは?」と考える経営者も多いでしょうが、実は企業側にも大きなメリットがあります。
優秀な人材の確保
短時間正社員制度の導入により、これまで採用できなかった優秀な人材層にアプローチできるようになります。主婦やシニア層だけでなく、副業・兼業を希望する高いスキルを持った人材や、起業準備中の経験豊富な人材も対象となります。なかでも、複数の仕事を掛け持ちしながら自身の能力を発揮したいと考える人材は、短時間勤務でも高い生産性を発揮する可能性があります。こうした人材を正社員として確保できれば、企業の競争力向上につながります。
従来のフルタイム採用では出会えなかった、多様な経験やスキルを持つ人材との接点が生まれることで、組織の創造性を高める効果も期待できます。制度導入による採用力向上の効果が期待されており、求職者の関心も高まっています。
短時間正社員制度は、組織全体の生産性向上を促進する触媒としても機能します。短時間で正社員レベルの成果を出すためには、業務の効率化や無駄な作業の排除が必須となります。制度導入により、必然的に「働いた時間の長さではなく成果で評価する」文化が根付き、長時間ダラダラと勤務して無駄な残業代が発生するような非効率な働き方は、職場から自然に排除されていくことになります。
離職防止の効果
既存社員の離職防止効果は、短時間正社員制度の重要なメリットです。フルタイム勤務が困難になった優秀な社員を、退職させることなく雇用継続できるため、人材流出の防止と企業ノウハウの維持が可能になります。育児や介護などのライフステージの変化により、これまで多くの優秀な人材が職場を去らざるを得ませんでしたが、短時間正社員制度があれば継続的な雇用が実現できます。
パートタイマーとして働いていた優秀な人材の正社員登用も促進されます。有期契約社員から短時間正社員への転換により、就業環境の改善が図られ、企業ブランドの向上も期待できます。働きやすい職場としての評判が広がることで、長期的な採用力強化も実現できるでしょう。
制度の浸透により、従業員満足度の向上も期待できます。多様な働き方を認める企業文化が醸成されることで、全社員のモチベーション向上や組織への帰属意識強化につながります。人材の定着率向上は、採用コストの削減や業務の継続性確保にも大きく貢献するでしょう。
短時間正社員制度導入時のデメリット
メリットがある一方で、導入時には慎重に検討すべき課題もあります。
フルタイム社員との不公平感対策
短時間正社員制度導入時の最大の課題は、フルタイム正社員との間に生じる不公平感です。同じ正社員でありながら労働時間が異なることに対し、フルタイム社員から「ズルい」という声が上がることは避けられません。この問題を解決するには、制度の透明性確保と適切な説明が重要です。
職務内容や責任範囲の違いを明確にし、評価基準を公正に設定することで理解を得る必要があります。短時間正社員だからといって重要な業務から外すのではなく、限られた時間内で最大の成果を出せるよう適切な業務配分を行うことが求められます。制度導入を成功させるには、事前に全従業員への説明会を実施し、制度の目的やメリットを共有することが効果的です。
「お互いさま」の精神を組織文化として根付かせることが不可欠です。短時間正社員が増えると、急な対応が必要な業務や残業が必要な場面で、フルタイム正社員に業務が偏るリスクもあります。これを防ぐためには、業務の効率化と適切な人員配置、チーム内でのコミュニケーション強化や、チャットツールを活用した情報共有など、時間外でも連携できる仕組み作りが重要になります。
人件費増加への対応
短時間正社員制度では、賞与や退職金などの福利厚生費が発生するため、パートと比較して企業の人件費負担が重くなる場合があります。時間当たりの人件費で計算すると、フルタイム正社員よりも高くなる可能性もあります。また、業務分担や勤務時間の管理が複雑になり、管理コストの増加も懸念されます。
しかし、これらのコスト増加は、生産性向上や優秀な人材確保によって相殺することが可能です。短時間で高い成果を出せる人材を採用できれば、結果的に費用対効果は改善されます。導入段階では、制度利用者数の上限設定や段階的な拡大により、コストをコントロールしながら運用することが重要です。
管理側も従来とは異なるマネジメントスキルが求められます。労働時間は短くても正社員としての成長機会を提供し、適切な評価を行うための研修や制度整備が必要です。制度の効果を検証しながら徐々に拡大していくことで、リスクを最小限に抑えることができます。
短時間正社員制度の導入は、福利厚生ではなく人事戦略として位置づけることが成功の鍵です。優秀な人材の確保、生産性向上、組織の多様性強化という戦略的メリットを追求することで、コスト増加を上回る効果を得ることができます。
よくある質問
短時間正社員からフルタイム正社員に戻ることはできますか?
短時間正社員からフルタイム正社員への転換制度を設ける企業もあります。育児期間が終了した場合や家庭状況の変化により、労働時間を増やしたい場合に利用できます。転換の条件や手続きについては入社時や制度利用開始時に確認しておくことが重要です。キャリアの継続性を保ちながら働き方を調整できる点が、制度の大きな魅力といえるでしょう。
短時間正社員でも管理職になれるのでしょうか?
法的には短時間正社員でも管理職に就くことは可能ですが、実際には企業によって対応が分かれています。管理職の責任範囲や緊急時対応の必要性から、フルタイム勤務を前提とする企業も多いのが現状です。ただし、業務効率化や部下のマネジメントスキルによっては、短時間でも十分な成果を出せる管理職も存在します。昇進を希望する場合は、事前に企業の方針を確認することをおすすめします。
現在パートで働いていますが、短時間正社員への転換は難しいでしょうか?
パートから短時間正社員への転換は十分可能です。重要なのは、パート時代に培ったスキルや実績を適切にアピールすることです。正社員レベルの責任感や成果を示せれば、企業側も転換に前向きになります。転換制度がない企業でも、人事部門に相談してみることをおすすめします。優秀な人材確保に苦労している企業では、制度新設の検討材料になる可能性もあります。
短時間正社員制度を導入していない会社で働いています。制度導入を提案したいのですが、どうすれば良いでしょうか?
制度導入提案には、企業側のメリットを具体的に示すことが重要です。人材確保の困難さ、優秀な社員の離職防止、生産性向上などの観点から提案しましょう。厚生労働省の導入支援マニュアルや他社の成功事例を資料として活用することも効果的です。本文の「企業が短時間正社員制度を導入するメリット」で説明した内容を参考に、戦略的価値を強調した提案書を作成することをおすすめします。
短時間正社員の労働時間はどの程度まで短縮できますか?
本文でも説明していますが、短時間正社員の最低労働時間に法的制限はありません。企業によっては週15時間や週20時間といった短時間勤務も可能です。ただし、社会保険加入や業務の継続性を考慮すると、週20時間程度が一般的な下限となっています。副業との兼ね合いや家庭事情に応じて、企業と相談しながら柔軟に時間設定できる点が特徴です。
短時間正社員制度のまとめ
- 短時間正社員は2025年骨太方針に明記された新しい働き方
- 最低労働時間に法的制限はなく企業が柔軟に設定可能
- パートとの違いは無期労働契約と正社員同等の待遇
- 給料は時給制ではなく月給制で正社員としての処遇
- 要件を満たせば社会保険に加入でき、安定した保障を確保
- 優秀な人材の新たな採用機会を創出
- 組織全体の生産性向上を促進する効果
- 既存社員の離職防止と企業ブランド向上に期待
- フルタイム社員との不公平感解消が課題
- 人件費増加は戦略的効果で相殺可能
- 人事戦略として位置づけることが成功の鍵
- 多様なライフスタイルに対応する柔軟性を提供
- 働き方改革の新たな方向性を示す制度