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東山殿(東山山荘)を造営して東山文化を築いた人物は?

応仁の乱終結から5年後の1482年に東山殿(東山山荘)の造営が開始されます。この山荘の造営を命じた人物は誰でしょう?

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8代将軍足利義政(あしかがよしまさ)です。義政は1473年に息子の義尚(よしひさ)に将軍職を譲ると、1482年から東山殿(東山山荘)の造営を開始します。義政は1483年から移り住んだといわれていますが、東山殿がすべて完成するのは8年後の1490年です。義政によってもたらされた文化を東山文化と呼んでいます。禅宗のわび、さびを取り入れ、一見すると質素ではあるがその奥にある美を追求した文化です。東山殿の中にある建物のひとつが銀閣(観音殿)です。東山殿は義政の死後寺に改められ、義政の法号が「慈照院」であったことから「慈照寺」と命名されました。現在は銀閣寺という名前が広く知られてますが銀閣寺は通称です。正式名称は慈照寺となります。

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