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1894年に開戦した戦争と翌年に締結した講和条約は?

1894年朝鮮をめぐり勃発した戦争の名称と翌年締結された講和条約の名称を答えてください。

答えはこちら

日清戦争(にっしんせんそう)と下関条約(しものせきじょうやく)です。

1894年の甲午農民戦争で朝鮮に出兵した日清両軍ですが反乱は短期間で終息します。

朝鮮政府は日清両軍に撤兵を求めますが、日本政府は朝鮮国内の混乱を終息させるには内政改革が必要だとして、協力して改革を行うことを清に提案しました。

この提案を清が拒否したことで、日本と清の交渉は決裂します。

日本はイギリスと日英通商航海条約を結び、イギリスが日清の紛争に介入しないことを確かめると、兵力を増員して戦争に向けての準備を進めます。

豊島沖で日清両国の艦隊が遭遇!砲撃戦となり日清戦争が開戦しました。

軍備の近代化に成功していた日本軍が戦いを有利に進め、黄海海戦の勝利で制海権を掌握すると、清は戦意を喪失して日本に講和を打診します。

1895年日本全権伊藤博文と陸奥宗光、清国全権李鴻章が下関で講和会議を行い下関条約が結ばれました。

■下関条約の内容
・清国は朝鮮の独立を認める。
・清国は遼東(りょうとう)半島、台湾、澎湖(ほうこ)諸島を日本に割譲する。
・清国は賠償金2億両(テール)を日本に支払う。2億両はおよそ3億1千万円。
・清国は沙市(さし)、蘇州(そしゅう)、杭州(こうしゅう)、重慶(じゅうけい)の4港を開港し、日本に最恵国待遇を与える。

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