横浜市歴史博物館の特別展「弥生のいくさと環濠集落 -大塚・歳勝土遺跡の時代-」展示図録を読み、内容と見どころをまとめました。環濠集落が当時の列島で果たした役割を軸に、巨大な溝と柵跡が示す防御のリアリティや、武器が実用から祈りへ移っていく変化、九州から関東までをつなぐ比較研究まで、読後の感想とともに紹介します。
- 弥生のいくさと環濠集落 -大塚・歳勝土遺跡の時代-
- 大塚・歳勝土遺跡とは?
- 図録の見どころ
- 巨大な溝と柵跡が物語る防御のリアリティ
- 武器という道具が辿った「実用」から「祈り」への変遷
- 九州から関東までを結ぶ広域的な比較研究
- 図録の詳細と読後の感想
- 図録情報
- 図録 目次
- 図録を読み終えて

弥生の"いくさ"と環濠集落 -大塚・歳勝土遺跡の時代-
横浜市歴史博物館の開館記念特別展の図録として刊行された本書は、弥生時代という変革期を、防御と武器という二つの視点から整理した一冊です。この図録の特徴は、地元の遺跡を入り口に据えながらも、その視界を日本列島全体、さらには朝鮮半島にまで広げている点にあります。103ページの中に183点もの図版を凝縮しており、発掘調査時の写真や精緻な図面を通じて、当時の緊迫感を具体的に追体験できる構成となっています。
稲作の普及がもたらした安定の裏側で、なぜ人々は巨大な溝を掘り、武器を手にし、あるいはそれを祭りの道具へと変えていったのか。大塚・歳勝土遺跡を歩く際の副読本としてはもちろん、弥生社会の変遷を体系的に学びたい方にとっても、長く手元に置く価値のある資料といえるでしょう。
大塚・歳勝土遺跡とは?
横浜市都筑区にある大塚・歳勝土遺跡は、弥生時代中ごろの環濠集落(大塚遺跡)と、その墓地にあたる方形周溝墓群(歳勝土遺跡)からなり、国の史跡に指定されています。本書では、この遺跡を入口に、稲作の広がりや金属器の使用、ムラからクニへという動きとあわせて、集団同士の争いが意識される弥生社会の姿をたどっていきます。
水田稲作による生活の安定は、集団の規模を大きくし「ムラ」から「クニ」への政治的成長を促しましたが、同時に資源を巡る"いくさ"を引き起こす要因となりました。当時の人々がなぜ平地を離れ、あるいは丘陵に巨大な溝を掘って立て籠もる必要があったのか。本書は、地元の遺跡を出発点に、日本列島全体の動向へと繋げていく論理的な展開により、読者をスムーズに弥生の世界へと誘います。
タイトルに遺跡名が冠されていますが、本図録の主役はあくまで弥生社会の全体像です。特定の遺跡の細部というより、環濠集落という存在が当時の列島でいかなる役割を果たしていたのかを俯瞰する際に、その真価を発揮する構成となっています。
図録の見どころ
巨大な溝と柵跡が物語る防御のリアリティ
本書では、九州の吉野ヶ里遺跡から関東、さらには新潟まで、全国各地で見つかった環濠集落の姿が豊富な図版とともに紹介されています。特に注目したいのは、発掘調査時の写真に記録された溝の深さや角度です。
人の背丈を超える深い溝や、丸太柵の跡が写真と図面で示され、敵対する集団からムラを守るための防御施設として考えられてきた理由がつかめます。各地の事例を比較することで、環濠が当時のムラにとって一般的な姿であったことが理解できるはずです。実物を確認しにくい遺構の全容を、図面と写真を交互に参照しながら読み解く時間は、紙面ならではの醍醐味といえます。
武器という道具が辿った「実用」から「祈り」への変遷
第2章から第3章にかけて展開される「武器」の解説は、本書の大きな読みどころです。石器の技術や弓矢の性格に触れつつ、弥生時代の武器へと繋がっていく過程が丁寧に追いかけられています。石、青銅、鉄という材質ごとの整理に加え、コラムでは剣・矛・戈(か)の構造や使い方の違いについても言及されており、専門的な用語の壁を無理なく超えさせてくれます。
興味深いのは、当初は殺傷を目的としていた武器が、次第に巨大化・装飾化し、祭りの道具(祭器)へと変容していく過程です。島根県の荒神谷遺跡で見つかった358本もの銅剣を例に、武器が本来の機能を失う一方で、災厄を打ち払う「辟邪(へきじゃ)」の力を期待されるようになった背景を読み解いています。実戦には不向きなほど薄く作られた青銅器の存在から、当時の人々の精神世界や信仰心に迫る記述は、非常に示唆に富んでいます。
九州から関東までを結ぶ広域的な比較研究
横浜市域の遺跡に焦点を当てつつも、視座は常に日本列島全体、さらには海を越えた朝鮮半島にまで向けられています。第4章から第5章にかけての地域別解説では、九州から関東に至るまでの環濠集落の展開が系統立てて紹介されており、地域ごとの独自性と共通性を同時に把握できるのが本書の強みです。
文字による解説が充実した4つのコラムは、複雑な歴史背景を整理し、読者の理解を助ける重要な役割を果たしています。また巻末には、引用文献、図版目録、出品資料目録が付いており、掲載資料の出どころを確認したり、次に読む文献を探したりする手がかりになります。
図録の詳細と読後の感想
図録情報
| 図録名 | 弥生の"いくさ"と環濠集落 -大塚・歳勝土遺跡の時代- |
|---|---|
| 発行 | 横浜市歴史博物館 |
| 発行日 | 1995年3月25日 |
| ページ数 | 103ページ |
| 価格 | 1,200円 |
図録 目次
図録を読み終えて
環濠という巨大な土木遺構を入り口に、弥生時代の社会構造と精神世界を多角的に捉えた、密度の高い一冊でした。全183点の図版は鑑賞にとどまらず、当時の社会を考えるための確かな材料として機能しています。
会場や公園で目にした遺構が、全国的な戦乱の時代においてどのような意味を持っていたのか。本書を読み返すことで、現地の風景が持つ歴史的な重みがより一層鮮明に感じられるはずです。
特定の遺跡の解説にとどまらず、弥生時代という社会そのものを「いくさ」という側面から概観できるため、入門書としても、また高度な専門資料への橋渡しとしても最適です。
おすすめしたいのは、次のような人です。
- 環濠集落を、全国比較の視点でしっかり理解したい人
- 発掘・調査当時の写真や図面で、溝の規模感や防御の作りを具体的に掴みたい人
- 武器と祭祀の関係まで含めて、弥生社会の緊張と統合を立体で読みたい人
- 弥生から古墳時代へのつながりを、一本の流れで整理したい人

