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2026.01.14

品川区立 品川歴史館 特別展「日本考古学は品川から始まった -大森貝塚と東京の貝塚-」図録レビュー

品川区立 品川歴史館の特別展「日本考古学は品川から始まった -大森貝塚と東京の貝塚-」展示図録を読み、内容と見どころをまとめました。大森貝塚とモース、発掘と報告の流れの概要から、その後の調査と顕彰の歩みや東京の貝塚から探る縄文時代まで、読後の感想とともに紹介します。

-・- 目次 -・-
  • 日本考古学は品川から始まった -大森貝塚と東京の貝塚-
    • 大森貝塚とモース
  • 図録の見どころ
    • 日本考古学、品川に始まる -大森貝塚発掘-
    • その後の大森貝塚 -調査と顕彰の歩み-
    • 貝塚発掘時代 -考古学揺籃期の東京人類学会と遺物採集家-
    • 東京の貝塚から探る縄文時代
    • 図録情報
    • 図録 目次
    • 図録を読み終えて

日本考古学は品川から始まった -大森貝塚と東京の貝塚- 展示図録の表紙 品川区立 品川歴史館 撮影:junk-word.com(爆点日本史編集部)
品川区立 品川歴史館で開催された「日本考古学は品川から始まった -大森貝塚と東京の貝塚-」展示図録の表紙 撮影:junk-word.com(爆点日本史編集部)

日本考古学は品川から始まった -大森貝塚と東京の貝塚-

品川区立 品川歴史館で開催された特別展「日本考古学は品川から始まった -大森貝塚と東京の貝塚-」の図録を紹介します。大森貝塚を軸に、発見と発掘の経緯、その後の調査と顕彰の歩み、そして東京に点在する貝塚までを一冊でたどれる構成です。

写真や図版が多い一方で、要点は文章でもきちんと説明されています。展示の記録としてだけでなく、手元で参照しながら読み進められるタイプの図録です。

大森貝塚とモース

大森貝塚は、縄文時代後期から晩期にかけて形成された貝塚で、東京都品川区大井から大田区山王にかけて分布します。1877年(明治10年)にエドワード・S・モースが発見し、同年秋から発掘を実施しました。学術目的で行われた日本初の科学的発掘として位置づけられ、日本考古学の出発点として語られる遺跡です。

発掘が画期的だったのは、遺物を掘り出したことだけではありません。成果は1879年に英文の報告書(Shell Mounds of Omori)として刊行され、同年に日本語版も刊行されています。報告書には遺物図が多く収録され、モース自身が貝類図を作成し、日本人画家の木村静山が細密な図を担ったことも知られます。

このように、発掘成果を記録し、報告書としてまとめて共有可能な知識にした点が、大森貝塚の功績のひとつです。

本図録では、発見と発掘の進み方、出土品、そして発掘の記録がどのようにまとめられたのかを、出来事の流れとして追えるように構成されています。発掘前後の経緯や関係者の関わりも含めて整理できます。

一方で、大森貝塚と貝塚研究に焦点を当てた内容のため、モース個人の伝記的な情報は控えめです。モースそのものを深掘りしたい場合は、人物に特化した資料と組み合わせると読みやすくなります。

図録の見どころ

日本考古学、品川に始まる -大森貝塚発掘-

大森貝塚について、発見から発掘、報告、出土品、関係する記録や人物へと、順を追って学べる章です。知識が点で入っている人ほど、どこが節目だったのかが整理しやすくなります。

重要文化財に指定された出土品を含む資料が取り上げられ、何が根拠として重視されてきたのかも見えてきます。展示を見ていなくても、発掘史の流れを押さえる読み方ができます。

その後の大森貝塚 -調査と顕彰の歩み-

大森貝塚は、発掘後も調査と顕彰が積み重なって現在に伝えられてきました。この章では、モース没後に顕彰の記念碑が2つ建てられたことなどを背景に、発掘地点の捉え方が分かれ、所在地をめぐって混乱が生まれていった経緯が、写真や資料つきで整理されています。

あわせて、その後の調査や保存・顕彰活動がどのように進み、遺跡が遺跡庭園として整備・公開されるに至ったのかという流れも追えます。現地を訪ねる前に読んでおくと、記念碑や周辺の見方が変わり、見るポイントが増えます。

貝塚発掘時代 -考古学揺籃期の東京人類学会と遺物採集家-

明治から大正にかけて、貝塚の発掘や資料収集に関わった人々に焦点を当てる章です。坪井正五郎(つぼいしょうごろう)、鳥居龍蔵(とりいりゅうぞう)、関保之助(せきやすのすけ)、江見水蔭(えみすいいん)、上羽貞幸(うえばさだゆき)など、名前は知っていても関係性が整理しにくい人物が、貝塚というテーマでつながって見えてきます。

人物紹介に加えて、当時の調査の姿勢や学史の空気感も伝わってくるため、発掘史を人の動きとして読みたい人に向きます。弥生土器に関する説明が入る点も、縄文と弥生の境目を考える手がかりになります。

東京の貝塚から探る縄文時代

東京の貝塚といえば、やはり大森貝塚の印象が強いかもしれません。しかし本章では、都内に点在する数々の貝塚を取り上げ、縄文の暮らしそのものに迫る構成をとっています。

生活道具に装い、葬送や祀り。多様な切り口を通じ、遺物がかつての生活場面へと還っていくような感覚が生まれます。発掘調査当時の写真が豊富に掲載されている点も、見逃せない魅力の一つです。

巻末の東京の貝塚文献一覧には、848件の文献が掲載されています。読み終えたあとに深掘りしたくなったとき、この一覧が便利です。

図録情報

図録名 日本考古学は品川から始まった -大森貝塚と東京の貝塚-
発行 品川区立 品川歴史館
発行日 初版2007年10月(紹介するのは2017年3月 第3版)
ページ数 117ページ

図録 目次

序 大森貝塚発掘以前、日本人の「貝塚」観
1 日本考古学、品川に始まる―大森貝塚発掘―
モースによる大森貝塚の発見・発掘
重要文化財・大森貝塚出土品
公文書が語る大森貝塚発掘
大森貝塚発掘を巡る人々
2 その後の大森貝塚―調査と顕彰の歩み―
明治18年(1885)、南方熊楠が資料採集に訪れる
明治41年(1908)、江見水蔭の発掘
昭和4・5年(1929・30)、二つの記念碑の建立
昭和16年(1941)、大山柏(慶應義塾大学)による発掘
昭和40~50年代、「大森貝墟」碑を中心とした保存・顕彰活動
昭和59年(1984)、品川区による第1次確認調査 大森貝塚の再発見
平成5年(1993)、品川区による第2次確認調査 台地上の住居跡を新発見
大森貝塚遺跡庭園の開設と現在
大森貝塚の変遷
3 貝塚発掘時代―考古学揺籃期の東京人類学会と遺物採集家―
明治期の考古学・人類学の主導者 坪井正五郎
坪井を継承し東京近郊の考古学を推進 鳥居龍蔵
モースに次ぐ東京の貝塚発掘報告 関保之助
蛮勇発掘・品川在住の文人 江見水蔭
次代への橋渡しを担った 上羽貞幸
4 東京の貝塚から探る縄文時代
様々な生活道具
復元、縄文人のファッション
葬送と祀りの場としての貝塚
貝層が語る
東京の貝塚遺跡
特論 東京都内の貝塚―「東京都心部遺跡分布調査」の成果から―(宮崎博)
―コラム―
モースを乗せた双頭レール
考古学報道は大森貝塚から始まった
大山柏と貝塚研究
番外編 本展ゆかりの遺跡・展示施設
掲載図版一覧
―資料―
東京の貝塚遺跡地名表
東京の貝塚文献一覧
大森貝塚発掘関係書類
資料提供・協力者一覧

図録を読み終えて

写真・図版を多く掲載しながら、大森貝塚に関する情報を丁寧に積み上げていく図録です。図版中心の冊子ではなく、重要な点は文章でも説明されているので、読み物としても満足感があります。

特に便利だと感じたのが、巻末の東京の貝塚遺跡地名表。都内の貝塚が75件掲載されていて、地名から調べる入口として使えます。さきほど紹介した東京の貝塚文献一覧とあわせて活用すると、気になった貝塚をさらに深掘りできます。

展示を観覧した人へ

会場で見た資料が、発見から発掘、報告、顕彰へとどうつながるのかを落ち着いて追い直せます。写真や資料を見返しながら、自分の中で時系列を組み直す用途に向きます。顕彰碑や遺跡庭園の話は、展示後に読むほど理解が深まります。

展示を観覧していない人へ

大森貝塚を入口に、日本の考古学が立ち上がる過程と、東京の貝塚の広がりをまとめて押さえられます。貝塚を見に行く前の予習としても使いやすく、巻末の一覧があるので、あとから参照できる安心感があります。

おすすめしたいのは、次のような人です。

  1. 大森貝塚の発見から顕彰までを、流れで整理したい人
  2. 東京の貝塚を一覧で押さえ、必要なときに引ける形で手元に置きたい人
  3. 貝塚発掘当時の古写真や文献資料を見ながら、考古学の立ち上がりを追体験したい人

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