大阪府立近つ飛鳥博物館で開催された特別展「ワカタケル大王の時代~ヤマト王権の成熟と革新~」の展示図録について、内容が気になる方へ。ワカタケル大王とヤマト王権をめぐる論点の概要から、支配体制の変化、鏡や有銘鉄剣・鉄刀の読みどころまで、図録の見どころを読後の感想とともに紹介します。
- ワカタケル大王の時代~ヤマト王権の成熟と革新~
- ワカタケル大王とは?
- 図録の見どころ
- 第3章 畿内における支配体制の変化
- もっと知りたい ワカタケル大王の時代の鏡
- 有銘鉄剣・鉄刀のかたるもの
- 図録情報
- 図録目次
- 図録を読み終えて

ワカタケル大王の時代~ヤマト王権の成熟と革新~
本図録は展示解説に加えて、考古学から見た総論、もっと知りたい欄(国際情勢、文献史料、馬具、装身具、鏡、群集墳、横穴式石室、手工業生産、造出しと陪冢など)、付録の論考、参考・引用文献一覧まで揃っています。
全151ページのうち文章パートが充実しており、読み物として腰を据えて読める構成です。もちろん写真や図版も多く、古墳・遺跡・遺物が数多く掲載されています。展示で情報が多くて頭に入りきらなかった人でも、図録の文章をたどることで要点が整理され、展示で見た内容がつながって理解しやすくなります。
ワカタケル大王とは?
ワカタケル大王は、不明な部分が多い5世紀のヤマト王権を考えるうえで、避けて通れない存在です。面白いのは、日本の伝承に加えて、中国側の記録や考古資料といった別の手がかりから、同じ時代の王権像に近づけるところです。
中国の史料では、宋書倭国伝などに、讃・珍・済・興・武という複数の倭王が登場します。これが、いわゆる倭の五王です。中でも武は、478年に宋へ国書を送ったことが知られ、その内容や、宋から与えられた称号がよく話題になります。
この武を、記紀に登場する雄略天皇と結びつけて考える見方があり、ワカタケル大王もその流れの中で語られます。ただし、ここは研究上の整理で、確定事項として言い切れる話ではありません。だからこそ、国際情勢や畿内の支配体制、ものづくりや技術の変化など、いくつもの角度から同じ時代を見直せる本図録は、展示を見た人の復習にも、展示を見ていない人の入門にも役立ちます。
図録の見どころ
第3章 畿内における支配体制の変化
この章の魅力は、古墳や遺跡名の紹介にとどまらず、古墳の変化を支配秩序の変化として読み解くための視点を示してくれるところです。
図録では、首長墓が代替わりに合わせて連続して築かれる地域がある一方で、ある段階で築造が途切れやすい地域もあることに注目します。そこから、政治勢力の関係や地域ごとの力学を考える手がかりが得られます。中期末から後期初頭にかけて、大首長級の古墳が姿を消していく局面があるという指摘も、この時期を考えるうえで重要な論点です。
さらに、変化は古墳のあり方だけに現れるわけではない、という視点で議論が進みます。首長層と集落の関係、そして手工業生産の配置や規模感をあわせて捉えることで、支配の仕組みをより具体的に描こうとします。窯業や鉄器生産のように特定分野に特化した大規模拠点が見えてくるとき、王権がどの程度関与した可能性を考えるのか。渡来系要素とどう結びつけて理解するのか。資料同士をつなげながら当時の社会像を組み立てていく面白さが、このあたりに詰まっています。
終盤では、初期群集墳の登場が持つ意味にも触れます。古墳を築けなかった層が新たに秩序へ組み込まれていく動きと見るのか、それとも地域差や性格の違いをどう整理するのか。図録は答えを決めつけるのではなく、考えるための材料と見通しを提示してくれる印象です。
もっと知りたい ワカタケル大王の時代の鏡
鏡は副葬品の代表格ですが、専門用語が多いうえに、時期によって意味づけも変わるため、前提知識がないと難しく感じやすい分野です。このコーナーは、そのつまずきやすい部分を丁寧にほどき、理解の土台を作ってくれます。
たとえば、同笵鏡と同型鏡の違いを押さえたうえで、同型鏡の作り方の一つとして踏み返し鏡がある、といった前提が整理されています。この基本が入るだけで、図録内の議論が追いやすくなるだけでなく、他の展示解説や関連書籍を読むときも要点をつかみやすくなります。
そのうえで、5~6世紀の鏡をどう位置づけるか、製作地をめぐってどんな見方があるのか、同型鏡以外の鏡群との関係をどう考えるかといった論点が、見通しよく並びます。鏡を資料として読むときに、どこで議論が分かれやすいのかが掴めるので、今後も学びを広げたい人ほど手元に置いておきたくなる内容です。
有銘鉄剣・鉄刀のかたるもの
この節では、稲荷山古墳出土の金錯銘鉄剣と、江田船山古墳出土の銀象嵌銘大刀という、銘文を持つ刀剣資料を軸に、5世紀の王権像をどう考えるかが整理されています。どちらも国宝として知られ、古墳時代の同時代資料が限られる中で、銘文が年代観や政治的な結びつきを考える手がかりになり得る点が重要です。
江田船山古墳の銘文には、獲□□□鹵大王という欠字を含む王名表記が見えます。一方、稲荷山古墳の鉄剣銘文では獲加多支鹵大王という並びが読めるため、江田船山側の欠字部を含む王名を検討する際に、稲荷山の銘文が比較材料として機能します。別々の出土資料が、王名表記の読解という一点で結びつくことが、このテーマの核です。
この部分に関心が集まる理由は明快です。関東と九州という距離のある地域で、王名表記を手がかりに同じ時代の権力の広がりや、中央と地方の関係を一つの視野で考えられるからです。さらに銘文は、政治的関係だけでなく、当時の記録の作法や文字の受容といった論点にもつながります。
図録では、銘文から言える範囲と、解釈が入る領域を意識しながら、人物比定、年代、用語の扱い、社会制度の見方などが段階的に配置されています。展示で知っている事実を再確認するだけで終わらず、なぜこの2資料が議論の土台として繰り返し参照されるのかを、手元で整理できます。
図録情報
| 図録名 | ワカタケル大王の時代~ヤマト王権の成熟と革新~ |
|---|---|
| 発行 | 大阪府立近つ飛鳥博物館 |
| 発行日 | 平成27年10月3日 |
| ページ数 | 151ページ |
図録目次
図録を読み終えて
ワカタケル大王を正面から扱う図録は多くない印象があり、その意味でまず貴重です。加えて本図録は文章による解説が厚く、宮や墓、畿内の支配体制、手工業生産、国際関係といった論点が一冊の中で行き来できる構成になっています。古墳や遺物の写真・図版も多く、読み応えと資料性の両方を備えた図録だと感じました。
展示は情報量が多く、気になった点があっても、その場では整理しきれないことがあります。図録は文章の説明がまとまっているので、出来事の流れや論点を落ち着いて追い直しやすいのが魅力です。とくに刀剣や鏡、手工業生産といったテーマは、資料の位置づけや背景を文章でつかめるため、理解を深める助けになります。展示の復習に加えて、関連情報を自分の中で整理し直し、知識として固めるための一冊としてもおすすめです。
展示を見ていなくても、本図録は読み物として成立しています。テーマ設定が明確で、ワカタケル大王の時代を考えるための論点が章立てで整理されているので、5世紀のヤマト王権や倭の五王周辺に関心がある人の入門にもなります。写真や図版が多いため、遺物や古墳のイメージを持ちながら読み進められるのも強みです。古墳や遺跡を見に行く前の予習としても、視点を作ってくれる図録です。
おすすめしたいのは、次のような人です。
- 古墳時代を、資料から自分の頭で組み立てたい人
- 倭の五王や王権の広がりを、考古資料と論点整理で追いたい人
- 古墳や遺跡を見に行く前後に、視点を持って読み返したい人

